4月1日 美しい輝き③
活気が失われた深夜の街を、俺は疾走していた。頼れるのは、数メートル先を照らす携帯のライトだけである。
パーカーが無いため、身体を切る風が少し肌寒い。
星々が疎らに、か細く光る侘しい夜。それは、李の消えた自分の心情を表しているようであった。
彼女の存在は、俺にとってそれだけ大きなものであったと、初めて知る。俺は悲しかったんだ、寂しかったんだ。
——だから俺が……俺が探さないと。
俺は目的地へと、足を速めた。
部室に着いた俺は、片っ端から物を漁った。入部届けの入った棚、クローゼット……どこを探しても彼女のヒントはなかった。入部届け入れには李のものは勿論、茉莉や優のものもない。大正メイド服なんてもちろんない。まるで3月32日以降の記録や出来事が丸々存在していなかったかのようだ。
部室を出て、扉を閉める。携帯のライトを点け、家に戻ろうとしたその時だった。暗順応した視界の端で、何かがふよふよ飛んでいる。
振り向くと、蚊が一匹、部室に向かっている。
しかしそれは、ただの蚊でなかった。
ジジ——。
脳を直接かき混ぜるような不快な音は、ただの虫が発するものとは一線を画していた。
「“バグ”……?」
ライトを蚊の姿をした“バグ”に向ける。
黒い線で描いたような虫は、俺を見向きもせず、扉の隙間へ吸い込まれていった。
バグの消失を見送った俺は、再び考えを巡らせた。
——3月 32日以降の出来事が、最初からなかったかのように扱われている。
現に、32日以降部員になった茉莉や優は、4月1日時点で部員としての記録がないのだ。
その時、電流が走ったように閃いた。ならばあいつに聞いてみれば良いのではないかと。
俺は携帯に番号を打ち込む。耳に当てた画面からは着信音が流れていたが、やがて男の声が鼓膜を震わせた。
このシチュエーションには覚えがあった。32日が思い起こされる。
違うのは、時間帯ぐらいだろうか。
「……なんだよ、鳥居……今僕寝て……」
「集真! お前、李を覚えてないか?!」
真夜中に電話を掛けられ、集真は少しばかり機嫌を損ねている。
「……誰それ、知らないんだけど」
「そんなわけないだろ! 花咲李だよ?!」
「花咲の財閥が何……?」
駄目か。ずっと3月が続いたあの時みたいに、俺しか気づいていないのか。
「やっぱ覚えてないか……」
「なあに……? いつになく殺気立ってるけど」
集真が欠伸をしながら問いかけた。
「なんかあるなら話してみそ? 何も考えずに飛び出しちゃっても、空回りするだけだよ」
空回り……図星を突かれた気分だ。李の家に“バグ”が大量発生した時だって、俺はがむしゃらに飛び出して、結果として李を悲しませてしまった。
だから俺は、彼の好意に甘えることにした。
「なるほどねぇ」
俺は3月が続いた世界のこと、李のこと、茉莉や優のことを全て話した。
話し終えた俺の耳朶に響くのは、集真の真面目な声だった。
「これはワンダリング同好会再結成だなぁ」
「じゃあ今から、部室に集まって……」
「待ってよ鳥居。僕は眠い。それに、茉莉ちゃんと優君……だっけ? 二人をこの時間から起こす気?」
「そりゃ、一刻を争うんだ」
ムッとして返した俺に対し、集真は手綱を締めた。
「僕もできることはするからさ、明日まで待ってよ」
「……分かった」
渋々了解する。
「くれぐれも深夜徘徊なんてしないでよ? 補導なんてされたら、部長として恥ずかしいからねぇ」
「ぐっ……」
「図星ぃ~?」
集真の煽り、ちょっとイラっとくるな。
「切るぞ」
「はぁ~い」
「……それとさ」
俺はこそっと、集真に呟いた。
「……ありがとな」
「なんのこと~?」
尚も揶揄おうとするので、俺はとっとと通話を切った。
家に戻った俺は、着替えてベッドに潜り込む。
時計はもうすぐ日付を跨ぐ。
くすんだ天井は、3月でも4月でも変わらない。ただ変わったのは、隣にいたはずのメイドの存在だけ。
今日は電気を消せなかった。深夜外を出た時は意識していなかったが、真っ暗闇は、今日見た夢を想起させた。もしもあの夢が、本来の現実ならば。
自分の末路を見せられ、身の竦む思いに駆られた。
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