3月39日 困難②
リモコンに手を掛け、テレビをつけるスモモ。ちょうど刑事ドラマの再放送をやっている時間だ。スモモは興味津々でドラマを見つめていた。
「家庭訪問って言っても、何にもないぞ? うち」
「そうですね、もっと色々あると思ってました」
悪かったね、何にも無くて。
スモモはチョコレートをほいほい食べる。ファミリーパックなチョコレートは甘いものから苦いものまで一通り揃っており、彼女はその中で甘いものだけを選んで口に入れた。
「そういえば、彼女の調子はどうですか?」
「彼女?」
「大正メイドのあの子のことです」
「ああ、李のことか。……別に普通……いや、むしろ尽くしすぎてるぐらいだけど」
「……本当に言ってます?」
眉を顰める少女。侮蔑すら孕んだ視線に、思わず唾を飲み込む。
え、何? 俺なんかまずいこと言った……?
「まさか隠し通す気……?」
独りごちるスモモを遮るように、インターホンが鳴った。
応答用の受話器に耳を当てると、李ではない少女の声がする。
「あ、兜? 茉莉だけど」
ドアを開くと、買い物袋を提げた茉莉が立っていた。今日はいつものメイド服ではなく、ベージュを基調としたワンピースに薄黄色のカーディガンを着ている。髪は下ろしており、出会ったばかりの頃を思い出す。
「李~! どこに置いといたら良い?」
「李、いないけど」
「え?! 先帰ってたんじゃないの?」
驚きのあまり声を裏返す茉莉。
「というかどうしてここに?」
「買い物の手伝いよ、李に頼まれてね」
「頼まれた?」
俺は首を傾げる。李が他人にものを頼むイメージがなかったからだ。ましてや、鬱陶しがっていた茉莉に対して買い物の手伝いなんてお願いするのか?
「あ、いや! その……そう! たまたま会ったのよ!」
「ふうん……珍しいこともあるものなんだな」
スモモが俺の背中に引っ付いている。肩に腕を乗せ首元に回す。おんぶをねだっているように、体重を俺の肩に乗せる。重い。
茉莉はスモモに気づいていないらしい。本当に、俺以外には認識できないんだ。
「うーん……どこ行ったのかしら」
不安そうに俺を見つめる茉莉。
「探しに行きましょう」
スモモが真剣な口調で俺に言う。
俺の肩に回していた腕を解き、今度は俺の手を掴む。速足で玄関に向かうスモモにつられていた俺だったが、もう片方の手を茉莉に握られる。
「兜? どこ行くの?!」
「李を探してくる」
スモモに促される形ではあるが、確かに心配だ。いつもなら真っ先に帰ってきそうなものなのに。もしかしたら何か事件に巻き込まれているのかもしれない。胸騒ぎがする。
「アタシも行くわ!」
茉莉が買い物袋を雑に置き、俺の後に続いた。
茉莉とは別行動をとる。彼女にはスーパーマーケット周辺の捜索をお願いし、俺とスモモは家の近辺を重点的に探す。
いつの間にか日差しは赤みを帯び、影は濃くなっていく。
李の姿はない。いればすぐ分かりそうな恰好をしているし、街も……李の行動範囲もそこまで広くないはずだ。茉莉には、「見つかったら連絡してほしい」と頼んだ。加えて、集真と枝垂にも電話を入れた。
「僕も探すよ」
「分かった」
二人とも協力してくれるとのことなので、部室近辺を探すよう依頼した。
日が暮れる。遠くで夕日が街を焦がし、その上から紺色が空を押しつぶさんとしている。景色は暗がりに埋められていく。このままじゃ探すのも難しくなりそうだ。焦燥に汗を垂らしていた俺に、スモモが囁いた。
「花咲家周辺に“バグ”の気配」
無機質な声。歩きながら、機械のように少女は告げる。
今は“バグ”より李だ。
……いや。俺の脳内に閃光が走り、気づけば踵を返していた。
「……っ!」
「ちょっと、待ってください」
スモモの言葉を気にしている暇はない。ただ“バグ”が現れる場所に向かって、一目散に駆けだした。
花咲家……昨日皆で遊んだ場所が “バグ”の巣窟と化していた。一言で表すならば惨劇。
ノイズの音が辺りに響く。所々噴く火はバグの集団だろうか。庭の木々は枯れ果て、窓は割られていた。建物は侵食を始め、端から崩れ始めている。
建物を包み込む黒い不純物たちはやがて、球状の結界を築く。
花咲家の従者と思しきメイドたちが、その光景を柵の外側から茫然と見つめている。野次馬も集まり、人の喧噪が思考の欲を削いだ。
「なん……だよ、これ」
絞り出した言葉は、人々の声にかき消された。無意識のうちに後ずさってしまう。
だが俺は拳に力を込め、足を前に出す。唾を飲み、柵に手を掛ける。自分の肩ほどまである高さの柵をよじ登る俺に、男性の怒声が浴びせられる。
「何してるんだ! 死にたいのか?!」
「人がいるんです! 行かないと!!」
怒号を振り切り庭に飛び降りる。着地と同時に、“バグ”の蠢く結界を睨みつけた。
——あの中に、李がいる。なぜなら彼女は、デバッカーだから。だけど彼女を、一人にできない。
スモモはついてこなかった。野次馬の中に、その姿は埋もれていった。
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