3月38日 集う喜び④
僅かに開いた扉の間隙から覗くと、優がゲームをしていた。カートを走らせ、一等賞を目指す流行りのレースゲームだ。猫背になって、画面を食い入るように見ている少年。ただ無言で、コントローラを最低限左右に動かす。あまりよく見えないが、かなり上手い。陽が差し込まないようカーテンを閉め、黙々と作業をするかのように打ち込んでいた。
優の元へは李一人で行くことになった。俺たちが同行しても邪魔になるだろうし、二人できっちり話し合うべきだと思う。
「いい李? ばっちり聞いてくるのよ」
「はい」
「自分の言葉で話すんだぞ、それが一番効果あると思う」
「はい」
彼女を送り出した俺たちはというと、扉の隙間から二人の様子を見守っていた。
「あの……優さん」
「なんだよ」
優は、しずしず部屋に入った李を見ることなくゲームを続ける。順位は一位のまま維持している。
「私のこと……嫌いですか?」
「っ……!?」
優の操作していたキャラクターが、思いっきりコースの仕切りにぶつかった。
「……どうして貴方は好意を向けたのですか?」
また激突。順位がどんどん下がっていく。
「どうしておかゆを食べさせてくれようとしたのですか?」
バックするも、今度はふらふらと逆走している。
暫くすると、キャラクターが止まって優が振り向いた。
その顔は、林檎のように真っ赤に染まっていた。
「な……なんの真似だよ」
「皆さんに、この間のことを謝った方が良いと言われました。ですが、貴方は私のこと嫌っていますし意味がないと思います。そう言ったら、自分で確認しろと……」
「そ、それは……」
「私のこと、嫌いですか?」
「……う、う、もういい! 一昨日のことも許すから……だからその話はもう無しだ!」
ふいとまたそっぽを向いてしまった。
すると茉莉が飛び出し、優を強く抱きしめる。
「これで仲直りね!」
「やめろ! 離れろおお!」
俺と集真も部屋に入る。
「全然違うと思うんだが」
「これもまたせーしゅんだよ」
なんか思ってたのと違うが……まあいっか。
「なら退部は無しってことね! 優きゅん!!」
「それとこれとは関係が……ま、まあ。李の奴バカでしょーがねぇし? 俺がいないとゲームもろくにできないし? もうちょっとだけならいてやっても……」
「やったぁ!!」
抱きしめる力が強くなる。
「お、おえ……ぐるじい……」
「あっ、ごめんね」
手を離した茉莉がふと横を見ると、一人分のコントローラーが置いてあった。茉莉は燥いで俺たちに向き直す。
「ねえねえ! ゲームしましょ!! 三、二に分かれて対決するの」
「面白そうだな」
「いいねぇ」
コントローラーは茉莉の持っている分を含めて六つ。プレイヤーは五人だから十分足りる。
「しょーがねぇな……ほら、李も」
「え?」
立ち上がった優が、李の袖をひく。コントローラーを李に差し出し、優は言った。
「お前は俺と一緒じゃねぇと負けるからな……それと、お前のこと……別に……キライじゃねーから」
耳の端まで真っ赤だ。こいつ素直じゃないな。
「それは好きってことですか?」
「っ……!!」
李って天然だな。ほら優の奴、追い込まれてる。
場外の集真と茉莉は、固唾を飲んで見守っている。優は泣きだしそうな顔になり、汗で頬を濡らした。整っていた髪をグシャグシャと掻く。
俺たちに「助けて」と目配せしているが、ごめんな。力にはなれない。
優にもそれは分かっている。だからやがて膝を叩き、李をキッと見たのだ。やけくそな顔だ。
「……ああもう!! 言うよ、言ってやんよ!! お前は鳥居兜にお熱だがな! 俺だってお前が……す…………なんだよ」
「はい?」
「好きだっつってんだろ!!」
思わぬ告白現場に興奮を抑えきれない茉莉と集真。かく言う俺も驚いている。結末を見逃せない。
「ですが私には……」
「分かってるよ……分かってる」
項垂れる優。
「ですが、貴方も尽くしてくださった……私と同じ、メイドだったのですね」
李ははにかんだ。
「メイド!? なんでそうなる?!」
「違うのですか?」
「ああもうそれでいいよ!」
何はともあれ解決だな。
俺と集真、茉莉が顔を見合って笑う。
「やっぱワンダリング同好会は、五人でないとねぇ」
「だな」
「そうそう! 五人だから楽しいのよ!!」
——そして李は、コントローラーを受け取った。
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