3月38日 集う喜び③
「ここが私の……家だった場所です」
豪邸だった。フィクションでしか見たことがない洋館が、李の実家であった。
赤いレンガ造りの屋根に、白い壁。窓が縦に二つ、横に八つ並んでいることから、二階建てだと推測される。家の周りには黄緑色の草原が広がっており、低木が建物に沿うように並んでいる。
「さすが花咲家だねぇ」
「花咲家ってそんなに有名なのか?」
俺がきょとんとしてると、茉莉が横から身を乗り出す。
「そりゃそうよ!」
集真も蘊蓄を語りだした。
「部室の横にスモモの木があるじゃん? あれ、花咲家の寄贈らしいよ~」
「マジで?!」
初耳だ。
「えっと、十数年前に植えられたんだってさ。慰霊の証だとかなんとか」
「へえ……そうなのか? 李」
俺がそう尋ねると李は笑みを作って頷いた。しかしそれは、ただ薄く貼り付けた表情であった。ペルソナとでも言えばよいか。仮面の下は、笑っていないように思えた。
入り口の柵を開けて庭に入る。庭師の女性が俺たちに気づくと、
「どちら様ですか?」
と柔らかな声で問いかけた。
「こちらに枝垂優はいらっしゃいますか。彼を迎えに来ました」
「ご友人様でしたか。失礼いたしました」
李がするように深々と会釈をし、柵を開ける。そして笑みを浮かべ、俺たちを通してくれた。
人当たりの良い庭師だ。俺たちを客人としてもてなしてくれて……。
ちょっと待った。
「あの、この子に覚えはないんですか?」
手のひらを上にして李の方角に向ける。
李はどこまでも無表情で、その機微は一切読み取れない。
「……存じ上げませんが」
中央の扉は赤銅色で、取っ手には金のめっきが施されている。両隣に据えられた電球は、教科書で見る明治時代の電灯と酷似していた。呼び出しのベルこそインターホンだが、それ以外はどこか時代離れした様相である。
庭師さんの取り計らいのおかげで、入るのにはそう時間がかからなかった。
ゆっくり、両開きの扉を開く。教科書十冊分ぐらいの重さはある荘厳な扉の先もまた、豪邸そのものであった。
見上げると、ちゃぶ台一個分ほどの大きさもあろうか、シャンデリアが吊り下げられていた。そして床には赤紫のカーペット。舞踏会でも開く気ではないだろうか。というのが庶民の感覚だ。
正面には十列で並んで歩けるほどの幅をした階段。これまた赤紫色のカーペットが敷かれ、手すりには埃の一片もない。左右にはそれぞれ廊下が続いており、パッと見る限りどこまでも続いていそうだ。
窓から、少し眩しいぐらいの陽が差し込む。メイドさんが、その窓を慣れた手つきで拭いていた。黒と白を基調とした洋風のメイド服……茉莉とよく似た格好をした女性が、こちらを見てお辞儀をする。そう、まるで李ですら余所者であるかのように。
「というか李、君の家なんだろ。どうして他の人が李のことを覚えてないんだ?」
「ですから兜様、私の家は兜様の住む場所にございます」
洋館の豪勢さと言い李の所在と言い、頭がパンクしそうだ。というか不気味だとさえ思う。
「優きゅーん!! どこ~!?」
メイドさんがドン引いている。
「あ、あの! 枝垂優はどこにいますか!」
茉莉の大声をかき消すように、咄嗟に近くのメイドに話しかけた。
「枝垂様なら、404のお部屋におられます」
戸惑いながらも答えてくださったことにお礼を言い、俺たちはその部屋に向かった。
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