3月38日 集う喜び②

 空は澄みきった水色で、雲は地平線近くを疎らに浮かぶのがいくつかある程度。少し汗ばむほどの暑さに、俺はパーカーを脱いで腰に巻く。

 李は暑さゆえかふらついている。


「大丈夫か? 李」

「は、はい」


 そんな俺たちの歩幅に合わせながら、先導を歩いていた集真が問いを提示した。


「そもそも、なんで突然退部したんだろうねぇ」

「そう言えばそうね。何が原因かしら」


 人差し指を顎に付ける茉莉に、集真が茶々を入れた。


「茉莉ちゃんがぐいぐいくるから嫌がったんじゃな~い?」

「あれは可愛がってるだけよ!?」

「でも男子ってそういうの苦手なんじゃないかなぁ?」

「……そういうものかしら」

「知らんけど~」


 二人が言い合っている内容も一理はあるかもしれない。しかし俺は知っていた。なぜ彼が出ていったのか。どんなに勘が鈍くたって分かる。一昨日のことなんだ。


 ——なんで、俺じゃダメなんだよ……。


 李が熱を出した時だ。優が差し出したおかゆを、李が断った。俺の方が良いと言って。

 普通あの場面で好意を無下にされたら、誰だって怒るだろうし、悲しくもなる。優は李の幼馴染だったんだし、拒絶された時の苦しみはきっと計り知れない。


「な、なあ」


 俺は二人の会話に割って入り、一昨日の出来事の説明を始めた。


「絶対それよ!!」

「だね」


 満場一致だった。


「あの……どういうことでしょうか」

「覚えてるか? 君が熱出した時、優がおかゆ食べさせようとしたのを断ったの」

「はい。兜様の方が良かったので」

「……」


 一同が黙りこくる。


「いや、なんというか……例えばさ。 俺が君のご飯を食べたくないって言ったらどうする? 茉莉のご飯の方が好きだって言って」

「それは……」


李はしゅんと俯いた。


「……悲しいだろ? 俺に気持ちが伝わらないと。優もそうだったんだと思う」

「それは…………はい」


 李がこくりと頷く。

 ……夢で見た女の子と同じように、それは小さくあどけない首肯であった。


「なら謝りに行こうぜ、優に」

「それは……でも、無駄だと思います」


 一歩踏み出しかけた足が止まった。


「李は、優と仲直りしたくないのか?」

「分かりません」


 李が俺を真っすぐ見つめる。感情の灯っていない、虚ろの目だった。


「あの人は、私のことを嫌っております。今更でございますよ」

「そうなのか?」

「いつも私を揶揄ってきて…‥私がゲームで負けた時にも、弱いと貶してきます」

「ああ、それは……あー……」


 これ、答え言っちゃ駄目な奴だ。


「だから、どうして私に構うのか分からないのです」


 頭を抱える俺をフォローするように、集真と茉莉が続けた。


「本人に聞いたら早いよ? 李ちゃん」

「そうよ! だから行きましょ? それで、優君の退部を取り消すの!」

 

 大正メイドは茉莉や集真の言葉に微かなたじろぎを見せるも、やがて俺と目を合わせて頷いた。


「……はい」


 ひとまず李は説得できた。


「でもどこにいるんだ?」

「李! 幼馴染なんでしょ? どこにいるか分かんないの?」


 俺たちは李にぐいっと身を寄せる。


「えと……分かりません…………いえ」

「いえ?」

「家です」

「誰の」

「私の……元いた家です。いつも、いつの間にか私の部屋に押し入ってきます」

「え? 李家あったのか?!」


 以前宿無しの身って言ってなかったか? だから俺は李を泊めて……。


「メイドになると決めて出ました。今の家は兜様のいらっしゃる場所でございます」

「見上げたメイド魂ね……って今は優君よ。早く行きましょ! 李、案内して!!」


 その眼差しは真剣そのもので、李も少し戸惑っているようだった。


「お願い!!」


 ぎゅっと指を絡め、握った手を顔の前まで持ち上げる茉莉。オッドアイの瞳は、真っすぐ李のまなこを射止める。


「あの、離して……」

「嫌よ!! ワンダリング同好会の一大事なんだから!!」


 茉莉の顔は、李とくっつきそうなほど近くにある。李は目を逸らすこともできず、茉莉を見上げていた。


「……畏まりました」


 彼女の熱意が伝わったのか、急接近する茉莉から逃れたかったのかは分からない。ただ暫くの間があったのち、李はゆっくりと首を縦に振った。


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