閑話 集う喜び

 洋風の大きな館。その一室で、男の賑やかな声が聞こえる。


「へへっ、ゴール!」


 画面右下には1stという数字。優はちらりと横を見やる。


「う……」


 大げさにリモコン型ゲームコントローラーを左右に動かしながら、少女は苦悶の声を漏らす。正座のまま身体を揺らすため、そのたびに桃色の長い髪がゆさゆさと振れる。青いジャンパースカートに白いブラウスと言ったお嬢様を思わせるファッションは、館の従者が用意したものだ。


「なんだよ李、まだゴールできねぇのかよ」


 モニター上には、クルマに乗ったキャラクターの背中が映っている。先ほどまでは画面がに分割され、二人のキャラクターが指定のコースを走っていた。だが優がゴールし終えた今、李だけが画面を占有している。キャラクターがのろのろと蛇行しながら動く。時折壁に車体をぶつけ、挙句の果てには方向も見失っていた。


「あ……」

「ビリだな、ビリ。やっぱお前弱すぎ」


 李より前に走っていたプレイヤーがゴールしたためゲームが終了する。


「お前なんでそんなに弱いんだ? 才能なんじゃねーの? 俺にも分けてほしいわぁ」

「むっ……」


 歯を見せ分かりやすく挑発する優。李は持っていたコントローラーを大きく振りかぶった。


「待て待て! 壊れるぞ!!」

「私の運転についてこられないコントローラーが悪いのです」

「んなわけあるか!! いいからその手を下ろせ!」


 慌てて制止した甲斐あってかコントローラーは事なきを得た。


「はあ……それ高いんだぞ。お前には分かんないだろうけどさ」

「こんなのが高いんですか」


 コントローラーを見下ろし、李は呟く。


「もう一戦です。このままでは終われません」

「……十回以上それ言ってんだけど?」

「勝つまでやります」

「一生終わんねえじゃん……」


 李は操作方法を復習している。その眼差しは冷たいながらも、絶対に勝つという熱意を帯びていた。

 そんな李を何度かちらちらと見た優は、おずおずと尋ねる。


「な、なあ李……今日は何月何日だ?」

「3月12日です。それが何か?」

「えと……何の日か……知ってるか?」

「何の日でもありません。ただの日曜日でしょ」

「え……」


 優の声は消え入りそうだった。しかしすぐに声を張り上げる。


「そ、そうだよな! あっ、俺トイレ行ってくる!」

「ご自由に。 BがドリフトでXがアイテム……」


 李は優を見ることなく、画面に食いついている。

 優は金色のノブに手を掛け、扉をゆっくり開ける。ゲームに熱中する李に、寂しそうな眼差しを向けて。




「はあ……言えなかったな」


 手を洗いながら、優は独り言ちた。トイレには優以外だれもいない。ただ彼の弱々しい声と、水が勢いよく流れ続ける音が響く。


 ——3月12日。


「俺の……誕生日だってのに……」


 正面にある鏡には、枝垂れ柳の如く俯いた優の顔が映っていた。

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