3月37日 予期せぬ出会い④

 光を失った世界に、俺たちは並んで座っている。


「う、うう……」


 少女は泣いていた。

 膝を抱えて背を丸め、額を膝の曲がり目に乗せて。

 籠った嗚咽が、もはや俺たち以外電車の中に空しく響く。

 腰ほどまで伸ばした髪はいくらか撥ねていた。埃に晒されてハリを失った桃色がだらりと垂れ下がっている。

 少女が纏う青いジャンパースカートが暗がりに同化し、その肘……白いブラウスには赤黒い染みが滲んでいた。

 俺はパーカーを脱いで、赤色の部分を覆う。これ以上血が漏れ出さないように力を入れて結んだ。しばらくすると、俺のパーカーにも血が移っていく。


「他に痛いところないか?」


 俺が問うと、少女は俯いたまま首を横に振った。


「そっか」


 しんと静まった密室。周りには無数の屍。

 このままではおかしくなりそうだ。


 だが何を話せばよいのだろう。何も話さないのが正しいのかもしれない。こんな時に団らんなんてする余裕も起こらないのは、至って自然なことだった。

 少女は先ほどから少しも動かない。ただ呼吸をする音が聞こえるだけだ。この子が生きているという確かな実感に対する安堵。押し寄せる不安。居心地の悪さ。それらが束となって、俺の身体に纏わりついた。


 くうう……。


 犬が甘えるような音が鳴った。

 少女が僅かに顔を持ち上げ、仄かに頬を赤らめた。


「チョコ、食べるか?」


 彼女は小さく頷いた。

 固く口を結んで、潤んだ目を向けて。


 その瞳は、その少女は——。




 だんだんと輪郭がぼけていく。淡い光が差し、世界は白濁する。

 声が薄らいでいった。代わりに色濃くなっていくのは、スモモの甘酸っぱい香り。


 後頭部をゆっくり動かすと、固い皮のような感覚がする。その内にある柔らかさを隠すかの如く、そしてそこから伝わるぬくもりを遮るように、衣の皮は横たわっている。


 李が、俺に微笑んだ。頬を微かに赤らめた少女は、遠慮がちに言う。


「ずっと……ここにいて良いんですよ」


 そしてその手を俺の頭の傍に近づけたメイドだったが、そのまま腕が動くことはなかった。

 俺は、顔を上げようとしなかった。どうしてだろう。傍から見たら変態そのものなのに、今は外聞を気にしようとも思わない。それは、ただ彼女の膝の感触が心地良かったからなのだろうか。


 ――いや、違う。

 彼女の笑みが、寂しそうであったから。

 

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