閑話 わが胸の悲しみ
二つの唇が重なり合う。時折漏れる声は、拒絶を曖昧にぼかしたような頼りない音色。
部室に、二人の男の声だけが何度も何度も響いている。密接にくっついた身体は、ちょっとやそっとでは離れそうにない。
少女たちはそんな地獄絵図を眺めていた。
しかしやがて、片方が壊れた人形のようにがくりと倒れた。
「兜様!?」
李が慌てて駆け寄る。
「ありゃ~やりすぎちゃったかなぁ……これからが本番だったの……李ちゃん、その手に持っているのはなぁに?」
「見れば分かります、縄です」
「なんでそんなもの持ってるの~?」
「愚問ですね」
その刹那、李が集真の身体に縄を巻き付ける。手を後ろ手に回して括り付け、天井から吊り下げるまで一分もかからなかった。
「なんて素早い手際……!」
ライバルながら……いや、ライバルだからこそ目を輝かせる茉莉。
「では、終わらせましょう」
そう言って李はロッカーに手を掛けた。
キイ……、と怯えたように高音が鳴る。
「げ……やっぱ李かよ」
現れたのは、長身の男だった。濃い緑色の髪を肩まで伸ばし、長袖のブレザーに身を包んだ青年は少女の姿を一目見てため息をついた。諦観の眼差しは、殺意の瞳から器用に逸らされている。
「遺言はございますか」
首筋にできた黒ずみを刺すように見つめ、女は問うた。
「……ないよ、なんかもう疲れた」
「そうですか」
ナイフの刃先を黒ずんだ箇所に向け、振り下ろそうと構えた時だった。彼の口から、零れた一言が、彼女の動きを止めたのは。
「ただ……俺はこのままでいたかったよ」
振り上げたままの姿勢のまま、少女はいつまで経っても刃物を下ろさない。
「……なんだ? 同情してんのか? 李のくせに」
「……」
李の唇がキュっと結ばれ、ナイフを持つ手が僅かに緩む。
緊張を帯びた沈黙の時が流れ、李も優もなすすべなく呑まれている。
それを終わらせたのは、彼女の隣に佇んでいたメイドだった。
「ああ、もう! とっととやっちゃうわよ!!」
茉莉が李の手の甲を自身の腕で掴み、思いっきり振った。刃先が黒ずみをなぞり、肉を切る感覚が二人の手に伝わる。
次の瞬間、風船が萎むように優の頭身が縮んだ。吊るし上げられた集真は逆に少し背丈が伸びている。服も影響を受けていたのか、体つきの変わった二人に対応していた。
「はあ……せっかくおっきくなれたのにな」
残念そうにぼやく優。
「か……かっわいい~!!」
「うわあなんだよお前!!」
「はあはあ……よしよし……連れ帰っていいかしら」
「ざっけんな!」
目に星を作って歓喜の声をあげる茉莉。そしてメイド服のまま縛り上げられた集真(男)。そんな三人を他所に、李は固まっていた。
扉が開いたままの掃除用具入れを、焦点が合わぬままただ黙って眺めていた。
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