3月34日 和気あいあい④

「やったぁ! いっちば~ん!」

「よし、上がり」

「僕も上がりい~」


 窓の修理を終えた一同は、李と茉莉の歓迎会も兼ねてババ抜きに興じていた。結果は李の全敗。李も流石に悔しいらしく、


「うう……」


 残ったカードを仇のように睨みつけている。


「再戦を希望いたします」


 5枚のカードをテーブルの上に置いた。


「ええ~またぁ~?」


 もう6回目だ。流石の俺も飽きてきた。


「ふっふっふ……何度でも負かしてやるわ!」


 茉莉はライバルに勝ってご機嫌のようだ。腰に手を当て、にんまりと口角を上げている。


「じゃあ次は~王様ゲームなんてどーかなぁ?」

「は? どう考えても地雷だろそれ」

「いいじゃ~ん、勝ち負けもないんだし、李ちゃんも楽しめるでしょ~?」


 それは一理ある。あるのか?


「王様ゲームって何?」


 茉莉が首を傾げ問いかける。


「知らないのか」

「初めて聞いたわ」

「えっとだな……王様役の人が好きな命令できるって感じのゲームだ」


 そう言うと、茉莉は太陽の如く目を輝かせた。


「ってことは、李にも命令できるってこと?!」

「運が良ければ」

「やるわ!!」


 即答だった。


「鳥居もやるよね~?」

「拒否権ないよな、その聞き方」

「もっちろ~ん」


 ゆったりとした声が部室に響く。


「李は?」

「兜様がなさるのであれば」

「じゃあ尚更やらないとね、兜!!」


 声を弾ませる茉莉の顔が急接近する。温かな息が顔にかかり、頬に温度が加わるのを感じる。


「離れてください、黄金茉莉」


 そんな俺たちの間に割って入ったのは李だった。僅かにだが頬を膨らませ、眉間に皺を寄せながら茉莉を引きはがす。


「せーしゅんだねぇ」


 一部始終を見ながら、集真はくじ引きの準備を始めていた。




 くじを入れた箱に手を突っ込む。赤い印が付いているのが王様で、それ以外には1から3の番号が打たれている。


「王様は僕だね~」


 赤い部分を見せびらかし、集真はニタリと口角を上げる。


「じゃあ定番な感じで~……1番が2番に壁ドン~」


「「あ」」


 1番が俺、2番が李だ。


「ええ~、兜ズルい!」


 嘆く茉莉を他所に、李はおずおずと俺に目を向ける。

 壁に背を委ねた少女は顔を赤らめ俺を待っていた。


「か、兜様になら……」


 緊張した面持ちではあったが、その口元はほんの僅かだが綻んでいた。

 これ、ただのゲームだよな?


 ややくすんだ壁面に手を付き、李を見つめる。

 俺の影にすっぽりと収まるほど小さな少女。李は恥ずかしそうに視線を逸らしては、しかし俺を求めるように顔を上げた。いつもの笑みを忘れた強張った表情。先ほどまで微かに弛緩していた口の端は引き締まり、スモモの実の如き真っ赤な眼を潤ませている。その瞳に俺は吸い込まれていた。


「——っ!」


 しかしはたと我に返り、焦って壁から手を離した。俺の影に包まれた少女の身体は、次の瞬間光に晒される。


「あ、その……」


 ゲームとは言え、申し訳ないことをしたような気がする。


「え~もう終わりぃ?」


 つまらなさそうに嘆く集真の声で、完全に正気が戻ってきた。


「あたしも李に壁ドンしたいな~!」


 李は蒸気が吹きあがりそうなほどに顔を染め、もじもじと指先で襟元を摘まんでいる。俺と目が合うと、慌てて顔を伏せてしまった。






 もうじき日が暮れる。見上げると、まだ昼を過ごさんと縋るような青空が浮かんでいた。しかし時間は残酷で、黄玉色の光が刻々と地平線から這い上がる。曖昧な白い境界線に阻まれて侵略しきれずにいるが、それも時間の問題だろう。そして藍色の雲は、その後訪れる夜を予見させた。


 俺と李は距離をとって歩いていた。先ほどの壁ドンのせいだ、李はずっと俯いたまま。

 こうして見ると、普通の少女に見える。メイド業務だってだって荷が重いのではないかとさえ思えてくる。


「なあ李」

「なんでしょう」

「君はいつまで、メイドでいる気なんだ?」


 少女の歩む足が止まった。振り返ると、少女は背筋を伸ばし目尻を下げていた。


「生きている限り、私はメイドでいる所存でございます」


 空を焦がすような夕焼けを逆光に、大正メイドは静かに告げた。

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