3月34日 和気あいあい①

 今朝も頬をつねられ目が覚めた。

 外は清々しいほどの晴れ。まるで3月の異変に気付いてすらいないようだ。気象予報士も、テレビ画面の向こうから朗らかな口調で週間予報を述べている。


 ワンダリング同好会は休みだ。集真曰く、生で見たいテレビ特番があるのだとか。「これぞ部長権限~」と得意げに歌っていた。自由なヤツめ。


 朝食を済ませた俺は携帯端末の液晶画面をスクロールしながら、情報収集をしていた。

 ニュースを見ても、3月以外の記事はない。4月の記事がないのは当然と言えるが、2月も1月も、去年のものすら無いのはおかしい。李も言った通り、3月以外が忽然と姿を消したのだ。

 まるで、3月の世界に囚われたようだ。だが、これからどうしたらよいのか分からない。五里霧中とはこのことを言うのだと思う。


 李は籠に洗濯物を入れてベランダに向かっていた。鼻歌を歌いながら服を干している。

 ……ん? 洗濯物?


「ちょ、ちょっと待った李! その籠って」

「はい?」

「その……俺のが……入ってるんだよ、な?」


 自分の顔が熱くなるのを感じた。


「勿論でございます。兜様のお召し物を洗濯するのも、私の務めですから」

「あの、その……嫌じゃ……ないのか?」

「何がでしょうか」

「いや、男の着替えを触るのとか……」


 たどたどしい配慮の言葉を受けてなお、


「それがメイドでございます。ですので、兜様はお気になさらず」


 健気に微笑む少女。俺は言葉に詰まる。


「……なあ、李。君はいつまで——」


 ピンポーン。


 インターホンが水を差した。


「私が出ますね」


 そうお辞儀をし、電話型の応答口に耳を当てる李。しかしすぐに受話器を下ろした。


「誰からだ?」

「いえ、ただの悪戯でございます」


 ピンポンピンポンピンポンピンポーン!


 けたたましく部屋中に響くメロディ。もはやうるさい。


「代わってくれ、俺が出るから」

「いえ、大した相手ではありませんので」


 李は受話器を両手で持ち譲ってくれない。


 ピンポンピンポンピンポンピンポーン!


 固く受話器を握る李。だが無理やり奪うわけにもいかない。

 すると今度は、ドアを強く叩く音。

 これ、本格的にヤバい相手じゃ……。

 しかし煙の如く吹きあがった俺の想像は、ドアの向こうから聞こえる声でかき消された。


「ちょっと李! いるんでしょ!! 開けてよ!!」


 この声、黄金茉莉——だったか。昨日異変を起こした挙句ひっ捕らえられた少女だ。

 俺の隣で、李は大きく深いため息をついていた。




 このまま留まられても近所迷惑だと李を説得し、玄関の扉を開ける。すると、


「たのもー!!」


 弾けるような声が耳に飛び込んできた。いや、それよりも驚くべきはその恰好だろう。


「……どうしたんだ?」


 黒と白を基調とした西洋風のオーソドックスなメイド服を、彼女は着こなしていた。襟元にはマリーゴールドをモチーフとしたブローチを付け、茶色い髪は一つに纏められている。昨日から変わらないのはオッドアイぐらいではなかろうか。


「敵情視察よ!!」


 茉莉は得意げに宣言する。


「いや、そのメイド服は……」

「李に勝つためにはまず外見からってね!」


 茉莉は膝下まであるスカートの裾を指先で摘み、挑むような視線を李に向ける。

 この女。能力の所為で高揚してあんな態度取ったのかと思っていたが、どうやらこれが素らしい。


「てか、なんで家知ってるんだ?」

「部長に教えてもらったわ!」


 集真か……。あいつペラペラ喋るからな。


「さあ、覚悟なさい李! 今日はみっちり観察しちゃうんだから!!」

「はあ…………」


 李は疲れきった表情を、惜しみなく顔に出していた。

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