3月33日 可憐な愛情③
地に足を付けず。ただいま俺は、浮いている。
俺と李はそれぞれ高校を、集真は中学を探すことになった。室内とは違い、重力が小さいこの空間では方向転換でさえ一苦労だ。おまけに足で地を蹴るということができないため、思った方向に進むのさえ難しい。部室へ向かう際も悪戦苦闘だった。
宇宙飛行士はこんな環境で何か月も過ごすのかと思いながら町に溺れること体感数時間。やっとこさ目的の高校にたどり着いた。
そこからも大変だ。閉鎖されているため壁に指をひっかけ上るほかない。身体が浮く感覚に押されないよう指に力を籠める。そうでもしないとどこまでも上がってしまいそうだった。
屋上は教室一つ分の何もない広間を柵が囲うだけの簡素なスペースだった。その柵に掴まり、頭だけ出して一望すると、そこには少女がいた。チョコレートを連想させる茶色い髪を伸ばし、腕を組んでデバッカーを待っている。紺色のセーラー服を着ているが、恐らくここの学校の制服だろう。その瞳は片側がマリーゴールドの如き黄色だったが、もう片方は昨日見た虫を固めたように黒ずんでいる。
電話しないと。いやメールの方が良いか。液晶画面に文字を打ち込もうと取り出したが、手が滑り端末が宙を舞う。手を伸ばすも、指は
携帯を取ろうと藻掻く様が、少女の視界に映ったらしい。
「貴方……」
少女と目が合う。
まずい、気づかれた。
「貴方が李? アタシは
朗らかな声で少女は尋ねる。この異常な状況下でも平然としていられるなんて。
「うーん、李って感じじゃないわね」
瞬間、上からコンクリートでも乗せられたような圧迫感に襲われた。身体が思うように動かない。全身を大きな鎖で巻きつけられたのかと錯覚する。
これが、重力の力——黄金茉莉の能力なのだろう。
「ねえ、李って子知らない?」
「……っ、さあ」
辛うじて答えを誤魔化す。こんなヤバいヤツ、李に会わせるわけにはいかない。
足が震えることさえ許されない。足をつけたコンクリートはピキピキと音を立て始め、あらゆる臓器が大地へと向かっているのを感じる。
「なあっ……、李に何の用があるんだ?」
「ふふん♪ 聞いて驚きなさい! 私は能力者よ!!」
知ってる。
「つまりは李の敵……なら、李を倒せば私は最強ってことじゃない?!」
能力の影響で昂っているのか。少女は意気揚々と答えた。
「さあ李!! 私はここにいるわ! いつでもかかってきなさい!!」
————
「——私が、どうしました?」
柵の向こうに、李がいた。
身体を浮かせたまま佇み、茉莉に笑いかけている。
いや……確かに微笑んではいるものの、俺に向けている穏やかなものではない。言うなれば殺意。獲物を仕留める目だ。
「よく来たわね! アタシは黄金ま……」
振り返り名乗りを言い終える前に、李は茉莉に向かって猛進する。
白銀に光を反射するナイフを持って。
「まだ名乗って……」
冷たい眼光が彼女を向くと同時に、そのナイフは黒ずんだ瞳を刺していた。
「兜様を傷つけた貴方に……当然の報いを」
“バグ”を切りつけたあの時と同じ、他を見下すような声が空に消えていった。
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