3月32日 忠実④
俺たちが部室に戻ると、お出迎えがあった。
「よお~っす、鳥居」
椅子にだらしなく座っていたのは、集真だ。
「と、君が新入りの……」
「花咲李と申します」
腰から30度に一礼をする李。ほんと丁寧な所作だなと感心する。
「新入部員? 李が?」
集真と李の顔を交互に見ながら、俺は尋ねる。いつの間に部員になってたんだ?
「うん、申請書ももらった」
「いつ」
「今日の朝、メールでね」
「はい。その方が兜様のお側にいられますので」
…………なるほど。もう多少のことでは驚かないようにしよう。
「で、鳥居。さっき騒いでたのはなんだったんだ? 日付が云々って」
「あ、ああそうだった」
一呼吸おいて、俺は改めて問う。
「今日って4月1日じゃないんだよな?」
「そうだよ。今日は3月の32日」
ガクリと肩が崩れる。そのまま椅子に座り込み、天井を仰いだ。真っ白でありながらも所々くすんだ壁は、昨日と同じ部室であることを思わせる。
俺は一部始終を二人に話した。集真は肘をつきながら、李は紙コップに俺の分の茶を注ぎながら。
話し終えると、
「まるで夢みたいだ」
集真は息を吐きながらそう言った。
「幻の4月かぁ……面白そうだなぁ」
「面白がってる場合か! 俺の大学ライフがかかってんだぞ!」
このままでは俺の努力がパーになっちまう。
「じゃあワンダリング同好会再結成だな。活動内容は幻の4月調査……」
勝手に話進めんな集真。とは言っても、今のところはヒント呼べるヒントもない。調査人数は多いに越したことはないし、再結成が最適解な気もする。腹の底に溜まる言いようのない不安を、注いでもらった茶で押し流した。
昨日までは寂しさも感じていたものの、いざ再結成されるとなると複雑な気分だ。なんせ本来はあり得ない事態なのだから。
「李ちゃん、僕のお茶は~?」
「私は兜様のメイドでございます故、ご自分でお入れください」
柔和な表情でのたまうメイド。
「ケチ~」
集真は唇を尖らせ机に突っ伏した。
「そういやさ、3月1日以前はどうなってるんだ?」
空になったコップを置き、ふと思ったことを口にする。
「ん~?」
腕を後ろに組み仰け反った集真だったが、
「うーん……あれ、どうだっけ……?」
眉間に皺を寄せる。どうやら思い出せないらしい。
「となると」
「3月以外が消えている。そう仰りたいのですか?」
「あ、ああ。そうだな」
そうだな。なんて言っておきながら、ますます訳が分からない。
「よっし、なら明日から活動開始なぁ」
指を鳴らし、悪戯に集真は笑った。
俺はホワイトボードに掛かったカレンダーに目をやる。本来は4月となるべき場所は3月と記され、32、33、34と日付が打たれていた。椅子から立ち上がりカレンダーを捲っても、でかでかと書かれた3という文字は変わらない。
……また、戻ってきたな。
ゲームで言うところのセーブ地点みたいだと、自分でもよく分からない評を心の中で唱えた。
「じゃあ10時にここ集合な」
「了解だ」
「兜様が行かれるのであれば」
お辞儀をする少女は慎ましく、俺の背筋も伸びる心地だった。
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