第24話 登校3 - 正義のミカタ
「……あんた、いい感じの話と雰囲気で俺のこと丸め込むつもりだったのかよ!」
……そもそも、『狭間』を使って〝未来〟を目指す話と、世界の改善という話には明確な繋がりが見えない。仮に未来にたどり着けるとしても、そこで得られるものを〝
「……騙そうたって、そうはいかないぞ……」
「いや? 俺さまはただ、こっちの言い分を聞いてもらいたいだけだ」
口元を歪めて、実継はおどけるように肩を竦めてみせた。
「犠牲は、必要な過程だ。より良い世界のために必要のないものが、犠牲になる。贅肉が削がれてスリムになるっていう話だ。この世界に不要な〝悪〟が取り払われることで、世界は改善される」
「良いとか悪いとか、誰が決めるんだよ。それって単に、あんたらにとって都合の悪いものを排除するって話じゃないのかッ」
その思想は、その正義は、彼らの目から見たものだ。親切を強制するように、彼らが一方的に押し付けているだけだ。
そうしてより良くなるのは、彼らの住んでる世界だけだろう。
「揚げ足とりだろう、それは。こっちが〝悪い〟と思ったヤツを、排除する。それでみんなが生きやすくなるなら、それがいいに決まってる。俺さまにとって気に喰わねぇヤツは、大抵の人間にとってもイヤなヤツに決まってんじゃねぇか」
「とんでもない俺さまっぷりだな……! 自己中の考えだよそれは!」
「別にいいだろう、それが強者の特権だ。さっきの話は聞いただろ、その結果として、その過程として、この世界はより良いものになるんだ。……俺さまは何も、お前を丸め込むためだけに適当な理想論を並べ立てた訳じゃねぇ。この世のあらゆる不幸を取り払えるよう、努力するつもりだ」
「……どうだか……」
「たとえば、だ」
不信感に顔をしかめる頑馬に構わず、実継は続ける。
「ドラマなんかを観ている合間のCMに、あるだろ。寄付や支援を募るやつ。戦争だか災害だかで不幸な子どもたちや地域がありますっていう」
「……それが?」
「ああいうのを見ると、不快になる。この場合のそれは単に、楽しい気分に水を差された、って意味じゃねぇ――お前の感じてる不幸は、助けを求めるこの子たちに比べればマシだ、世界にはこんなにも不幸な目に遭っている人間がいるんだっていう……そういう説教でもされてるみたいな、不快感だ」
「それは……」
それが、今までの話にどう繋がるのか。彼の発言は現状、慈悲も情けもない、冷血漢のコメントにしか思えない。
「お前は正義の味方か? ……この場合の〝正義〟っつうのは、社会通念的な、世間一般に正しいとされてる正義の話だ。倫理的でないから、俺さまの感想は正しくないのか?」
「…………」
「俺さまはな、そういう〝世のなかの不幸〟が鬱陶しい――だから、改善する。テレビの向こう、ネットの彼方のどこかの誰かの不幸でも、同じ世界に生きてる誰かの不幸に変わりない。土台としてこの世界に生きてる以上、世界はより良い方がいいに決まってる」
つまり――自分が不快な想いをしないために、世のなかの不幸に対処しよう。そういう話なのか。横暴で自分勝手極まりなく、社会通念的な正義にはそぐわないかもしれないが――
(無関心よりは、ずっといい……)
偽善と言われようが、それでも誰かのためになるのなら、それは正しい行いと言えるのではないか。
「まあ、さすがに親を亡くした悲しみだとか、そういうどうしようもない不幸は、どうにもならないが。生き返らせるなんて無理な話だからな。だが、それに勝るような、その不幸を忘れられるような幸福をくれてやる」
出来ないことは出来ないと、正直に言う。
「…………」
典型的な〝正義の味方〟ではないかもしれない。しかし、この男は――その言葉が真に本心から来ているものであるなら――信用できるのではないか。
(待て待て、ほだされるな。この人あれだろ、女遊び激しくて、すぐ〝ポイ捨て〟するっていう……。いやまあ、その噂がどこまで本当かは知らんけど――でも、人格に問題アリだ。犠牲がどうのって話も解決してない)
養子とはいえ、相手は仮にも『魔女』と呼ばれる人物の息子――甘い言葉を囁いて、こちらを揺さぶろうという魂胆なのかもしれない。
(もしも、その〝犠牲〟が俺の身近な人だったら? ……そうだ、そういう問題がある。いい感じだからって、簡単に受け入れていい話じゃない――犠牲になるのは、誰かの身近な人なんだから)
ありふれた考えだが、しかし――力をもった一部の人間が、その他の人間の生殺与奪の権を握っていいものではないだろう。
(この人の〝正義観〟は、本当に信用できるのか……)
……そうやって
「……あんたの言う、〝悪〟ってなんだ。世界をより良くするために、必要な犠牲って」
それは再三挙げられるような〝社会通念的な正義〟によるものではない、もっと独自の基準で判断されている――そんな気配がする。単なる〝悪人〟とは違うものなのか。その返答如何によっては――
「俺さまとお前の〝正義の観方〟が、必ずしも違ってるとは限らねぇぜ?」
「…………」
「〝悪〟っつーのは、無能な弱者のことだ」
「……弱い人間は悪なのか」
なるほど〝強者〟を自称する、支配者らしい考え方だ。
「たとえば、だ――有り余る資産を持ちながら、それを自分のためにしか使わない金持ちがいるとする。そういうヤツは、別に〝悪〟ではない。……善人でもないがな。ともあれ、そうした〝成功者〟が自分で稼いだ金をどう使おうと、本人の自由だ。金があるなら寄付をしろ、援助をしろっていうのはお門違いだろう」
「……まあ」
素直にうんとは言えないが。
「そういう連中は大抵の場合、その成功に至る過程で世界をより良くしている。社会に貢献した結果としての〝成功〟だ。経済を動かし、雇用をつくり、何かしらの変化を生み出している。もはや役目は果たしたと言えるだろう。あとは腐り落ちるだけ――終わってるんだ。目障りになるようなら排除するが、偽善でも、資産を世界のために使おうというなら、支援もしよう。あとは知らん、好きに生きて、勝手に死ねばいい」
「…………」
「問題は、そういう成功者を羨み妬んで、たまの失敗を見れば嘲るような――他人の足を引っ張り、他人の不幸を悦ぶ、そうした無能なクズどもだ。……弱者の全てが悪とは言わない。力がなくても現状を変えようと努力する人間は、心が強い。俺さまは評価する。だけどな、大抵の弱者はそうじゃないんだ」
だから、いつまでも弱いまま――
「そして、我欲に塗れた権力者もまた〝悪〟だ。力はある、しかしそれが世界のためでなく、自分の欲を満たすために――そのために、世界に害をもたらす。頭の良い連中が話し合いで解決できる問題に、無能な権力者は暴力による混沌をもたらす。――戦争だ。この世の不幸の大半は、そうした〝悪人〟どもが己の利権のために引き起こしている」
「…………」
話のスケールが大きくなってきている。少しだけ、ついていけない。しかし、言ってることはもっともだと、間違っていないと感じる自分がいる。
「分かりやすく、身近な
「?」
実継が指さす先――ひとりの少女が立っていた。頑馬たちと同じ制服を着ている。通学路のため、生徒なら他にもちらほらいるが、実継が指しているのは彼女だろうと頑馬は直感した。見たことのある顔だったのだ。
髪の長い、気弱そうにおどおどとした少女。周囲の交通を妨げまいとするように肩を竦めて縮こまっている。
(あれは……、確か、前にすれ違った――)
頑馬がクロウを……魔法少女だと思っていたものを初めて目撃したその日、すれ違った少女である。昨日も、下校時に見かけた。あの時、彼女の頭上には他とは雰囲気の異なる『蟲』の姿があった――
対ムシ眼鏡を上げ、少女の頭上を注視する。
やはり、いる――他とはサイズ感も一回りほど大きい、脂に塗れたような光沢のある外見。形状自体はそう変わらないのに、なんだか酸化した血液を思わせる錆色をした――不気味な、『蟲』。
「あれは……何なん――何なんですか」
いちおう先輩なので思い出したように敬語を使うと、実継は鼻で笑ってから、
「そっちで一度〝退治〟したみたいだが、ご覧のとおり、また憑いている――まあ、『蟲』の話はひとまず置いておこう。問題はあの女にある」
少女に向ける実継の目は冷めきっていた。
「あれは、他人の言いなりになる女だ。命令されればなんでも言うことを聞く……。呼び出されれば、バスを使ってまで学校とは逆方向にある、こんなところまでやってくるような――いわゆる、都合のいい女。パシリというやつだな」
「……いじめられてる……ですか」
「さあな。あいつらの関係をいじめと受け取るなら、そうなんだろう。けどな、あの女はそれを〝良し〟としている――現状を変えようとせず、それを受け入れている」
「それは……」
たとえば、本格的にいじめられるのがコワいとか、相手を恐れて抵抗できないだけではないのか。理由はいろいろとあるだろう。それなのに、それすらも弱者だと、悪だと決めつけるのか。
「現状に不満は抱えているんだろう。出来れば誰かに助けてほしいんだろう。しかし――願うばかりで、自ら変えようという努力はしない」
「…………」
「その内側に、人を殺せるだけのエネルギーを抱えていながら、だ」
「!」
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