第23話 登校2 - より良い世界のために




「どうせ、こっちが『世界征服を企んでる』とか、そんなことでも吹き込まれたんだろ」


 背を向けたまま実継みつぐは振り返らなかったが、彼の言葉に頑馬がんまはとりあえず頷きを返す。


「まあ、それも概ね間違っちゃいない。しかし、それが全部じゃあない。そもそも、〝世界征服〟って言葉が漠然とし過ぎている――要は、一部の力ある強者が、弱者を支配し教え導く……それを全世界的に行う、ということだ」


「……つまり、魔法少女が、普通の人たちを――てこと……すか」


「そう。別に表立って王さま面する訳じゃねぇ。政治だのなんだのは、その専門の連中の仕事だ。強者だけに物資が独占されるとか、弱者が労働を強いられるとか、そういうことはない……生活に大きな変化はないさ。少なくとも、悪い方にはな」


 魔法を使い、裏から人々を支配する――武力で弾圧し、恐怖で抑えつけたりするのではなく、ことは秘密裏に、表面上は変わりなく行われるものだという。


「要は、人々の意識の改革だ。〝支配〟って言うと聞こえは悪いが、つまりはこういうことだ――」


 実継が立ち止まり、何やら中空に文字を描くように片手を振るって、その指先をどこかに向ける。頑馬がつられてそちらに目を向ければ、そこは横断歩道前、信号待ちをしている人々の姿がある。


「あそこにちょうど都合よく、見るからに困っている様子の老人がいるだろ」


 言われてみれば、確かに。重たそうな荷物を手にした、高齢の女性の姿が見える。その横には、いかにも周囲に関心ありませんといった風にスマホを手にしている若い男性の姿もあった。

 その男性が、不意に何か思い立ったかのように、隣の老人に声をかける。ついさっきまで明らかに無関心な様子だったのに、突然彼は親切な若者へと変貌した。老人の荷物を代わりに持ち、先導するようにして一緒に横断歩道を渡り始めたのだ。


 不思議なこともあるものだ。朝からほっこりするワンシーン――


「そのメガネとってみろ」


 まさかと思い、頑馬はかけていた『対ムシ眼鏡』を軽く上げて、肉眼で先の二人の様子を確認する。


 人々の頭上には色もかたちも様々だが、概ねトンボのような形状をした『蟲』が載っているが――例の青年の頭上にいるそれは、ほのかな輝きを放っていた。


「俺さまが『蟲』を使って、あの男に荷物を運ばせたんだ」


『蟲』を使って――先ほどの実継の行動を思い出す。あれは、『蟲』に何か命じていたのか。


「これが、〝支配〟だ」


 そう告げると、歩みを再開する。


「……人助けが?」


「そう。俺さまという力ある強者が、『蟲』を使って人々の意識に変革を与える……他人に無関心だったあの男が急に人助けを始めたように――人々が他人を思いやるようになれば、どうだ? それが全世界的に行われれば、どうだ?」


「……世界が、今よりマシになる……」


「ネットで金をバラ撒いてるような連中が、貧しい人々へ援助を始めたら……兵器開発につぎ込まれていた金が、復興や開発に回されたら……世界はより良いものになる。無能な連中にそれを命じ、己に出来る〝最善〟を明示する――これが、こっちの掲げる世界征服の本質だ」


「…………」


 反論は、浮かばない。頑馬は思わず視線を落とした。


 実継の言うことはもっともだ。それがかなうなら、確かに世界はより良くなるのだろう。それはたとえば、世界中の人々が手を取り合うような――夢物語のような話だが、それを実現しうる力が、今、頑馬たちの前にある。


(だけど……)


 何か、引っかかる。すぐにはそのもやもやとした違和感を言語化できないが――話がうますぎるように感じるのだ。


 それが出来るなら――それが本当に可能なら、世界は既に、今よりもっとマシなものになっているのではないか、と。


 なぜなら、〝魔法〟の存在それ自体は、頑馬が知るよりもっと以前から――


「魔法少女は、〝巫女〟ってヤツらは、その力を秘匿する」


 頑馬の疑念に答えるように、再び歩き出した実継が言う。


「人目のある場所、人の多い空間で魔法は使えない……正確には、効果が減少する。それは知ってるか?」


「『守り神』の力で守られてる……という話を」


「それは魔法の存在を隠すための制限、処置だ。そのリミッターさえ外せば、魔法は自由に、最大限の効果を発揮する」


 つまり……薫子かおるこの握る〝権限〟を欲する理由についての話か。


「さっきのは、正確には魔法でもなんでもねぇが……『蟲』一匹を利用したに過ぎないから、あの〝人助け〟はほんのいっとき、ちょっとした気まぐれ程度の波風しか起こさない。道路を渡りきれば……あの男が今後また同じようなシチュエーションに出くわしても、同じ〝親切〟を働くとは限らない。そこまで強い心変わりにはならないんだ」


「……でも、『守り神』の力を得れば――」


「そうだ。その権能を完全掌握すれば、その〝心変わり〟を持続させ、善意の塊のような人間に変えることも出来る。この街に存在する『蟲』全てに働きかけ、より多くの人間をそうすることも可能だ」


「でも、それは――」


 使い方を誤れば、何か大きな問題を引き起こすことにならないか。


 何より――


(人助けがいいことだとしても……本人の意思じゃないことを、強制させることが出来る……)


 ……〝支配〟という言葉の意味を実感する。


「いわば、そっちの『魔女』過咲すぎさき薫子は〝保守派〟だ。魔法を世のため人のために使うと言いつつ、その存在をより大きな世界のために、より根本的な改善のためには使用しない。自分たちだけで秘匿し、独占している」


 そう言われれば、そういう見方もあるのだろうとは思う。


「だけど、うちの〝母さま〟は違う。……まあ、多少問題こそあるが……」


「……あ、その自覚あるんすね……」


「〝母さま〟は、世界をより良くするために――『守り神』に選ばれたものだけじゃない、世界を支配するに相応しい〝強者〟たちにその力を与え、より大きな世界を変えるために使うべきだと考えている」


「…………」


 そこには、薫子と千種ちぐさのあいだにある確執のようなものを感じた。

 根深い――その事情に片足を突っ込んだだけの頑馬にはまだ窺い知れない――あるいは古くから横たわる、思想の対立。


(でも――待てよ)


 昨日の、竿留さおとめ千種の言動を思い出す。


 薫子を相手にしていたからか、その性格に問題があるのは今は置いておくとしても――


「でも、先輩の母さま――昨日、なんか、変なこと言ってたんすけど」


 それこそ、〝中二病〟のような――〝特異点〟とか、〝サイハテ〟がどうのと――


「サイハテを目指す、みたいな」


「それは、『狭間』の〝最果て〟、『狭間』の〝向こう側〟のことだ」


「……『狭間』の?」


 あの世とこの世の『狭間』――その最果てとは――


「つまり、この世界より、より良い世界……天国、楽園、天上楽土、桃源郷、涅槃……そう呼ばれるような、いわゆる〝理想郷〟だ」


「『狭間』の向こう側に……天国がある? けどそれってつまり、死後の世界ってことじゃ――やはり危険思想の持ち主……」


「みんなで死んでこの世の憂いから解放されよう、みたいな話じゃない。天国っていうのはあくまで〝たとえ〟だ。要は、全てのヒトが幸せで在れる世界。そういう社会のかたちが……理想郷としか言いようのない、より完成された世界に至るすべが、あの『狭間』の向こう側にある――母さまはそう考えている」


「…………」


「母さまは、今のこの世界を、社会を不完全だと考えている。自分のいるべき世界ではない、と」


 この世界は、間違っている――よく聞くようなフレーズではある。

 誰かが幸せを享受する一方で、誰かが貧困にあえいでいる。今も世界のどこかでは争いが絶えず、尊い命が失われている――そう考えれば、確かにこの世界は不完全と言えるだろう。


 では、完全な世界とは――


「……今の人類にはこれが完成形、これが限界だとするなら、その先の人類に――より優れた存在に――果ては、〝神〟と呼ばれるような存在の叡智に触れ、世界を正す。誰もがそれぞれの幸福を享受できる世界に、変革する」


 ふと頑馬の脳裏をよぎったのは、昨夜、家の前で綾心と交わしたやりとり。

 あのときはほとんど冗談として受け取っていたが、事実として『狭間』は使い方次第によってはちょっとしたタイムマシンのような機能を果たせるのだろう――それならあるいは、未来の人類の、SFで目にするような理想郷ユートピアにたどり着くことも――


 ……夢物語や理想論ではない、のかもしれない。


「母さまの目的は、自分がいるべき世界へ至ること――その過程、副産物として、この世界はより良いかたちになる」


 竿留千種は、危険思想の持ち主だ。恐らく、実継が言うような理想は持っていない――なぜなら問題のタイムマシンは不可逆、未来にしか時間は進まないはずだ。自分だけが〝理想の世界〟に至る――彼女はきっと、今のこの不完全な世界を顧みない。


「そう、全ては母さまのエゴだ。偽善と言われても仕方ねぇが――何もしない傍観者よりも、結果的に他人のためになるのなら、エゴでも偽善でも、それは認められるべきことじゃねぇか?」


 ちらりと、足を止めないままこちらを振り返った。その口元には、笑み。頑馬は彼の視線を受け止められなかった。


 彼女は顧みずとも、その行いによって世界がより良く変わるとしたら――


 ……それは。


「だけど――」


 沈黙を引き連れたまま歩いていた頑馬は、その足を止めて顔を上げる。


 前を進んでいた実継もまた立ち止まり、振り返った。


「先輩の母さまが、今のこの世界を顧みないなら――」


 自分の目的のために利用できるものなら、なんでも――使い潰すのではないか。


 その問いかけに、実継は笑った。


 悪い顔をしていた。


「必要な犠牲ってやつだ。さすがに気付くか」



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