第22話 登校1 - 『魔女』の息子
絶対イケメン……この街の住人全てが『イケメン』だと認める、性格以外には非の打ち所がない男だ。
……しかし、その〝イケメン認知〟には〝裏〟があった。それを今の
とはいえ、朝から突然出くわすとなると――それも家に訪ねてこられると、さすがにどう対応していいものか戸惑うし、何より自分の目を疑ってしまう。
(容姿端麗、頭脳明晰、運動神経抜群、お家金持ち……イケメンだ……)
異国の血を含んでいるのか、その容貌はだいぶ日本人離れしている。金髪はもちろん、肌も白く、背も高ければ顔立ちも整っている。頭はどうだか知らないが、容姿端麗にして運動神経抜群という評判には確かな理由があるのだ。
それにしても――目つきが悪く見える三白眼のせいもあるのだろうが、同性に対するこの青年の人相は悪く、態度は横柄かつ険悪だった。
「おい、寝ぼけてんのか? 一日のはじめに顔を合わせたんなら、まずは挨拶するのが礼儀ってもんだろう」
「お、おはようございます……竿留先輩」
口をきくのは初めてだったが――相手は、上級生だ。年上だ。いちおう、口の利き方には気を配らねばならないだろう。
「寝ぼけてんのか?」
と、機嫌でも悪いのかぶっきらぼうに竿留実継は言う。
「鞄はどーした」
「あ、え、はい……。ちょっとまだ準備してなくて――」
「ふん。じゃあさっさと仕度してこい」
「…………」
腕を組んで顔を背ける竿留実継である。あっけにとられる頑馬は、実継の向こうの景色――平日の朝だ。出勤や登校のために家を出てきたご近所さんたちがこちらを見ている。イケメンに目を奪われるのはもはやこの街の物理法則なので仕方ないが、そのイケメンを待たせている頑馬に対して、非難めいた眼差しをちらほらと感じた。
それから、ちらほらと『蟲』が目についた。実継の頭上には何も見当たらないが、以前見かけたように近づけば斬る、といった感じなのか。そちらも気にはなるが、やはりサッカーボールくらいの大きさの『蟲』が飛び交っている外の世界に踏み出すのには若干の抵抗がある。
それらから逃れるように頑馬は家の中に戻り、閉じたドアに背中を預けて、深呼吸。
(……落ち着け……)
『蟲』はまだ、いい。慣れたとは言えないが、それよりも――
昨日まで縁もゆかりもなかった街一番の有名人が、突然うちにやってきた――別に芸能人でもなければ好きなアイドルでもないから、そんなことでテンションが上がったりする頑馬ではない。しかし、一般的な感性の持ち主であれば誰だって少なからず動揺するだろう。
ゆっくりと呼吸を繰り返しながら、状況を整理する。
(
親の七光りを享受しているだけの、何も知らない一般人ではない――昨日現れたあの〝三獣士〟同様に、薫子たちの〝敵〟と判断すべきだろう。
ではいったい、なんのために朝から家までやってきたのか。
(……攻撃? でも、俺が『狭間』に入らなければ問題はないはず――〝魔法〟についてはまだ何も知らないけど……)
家の外には人目が存在する――そのような空間では、『守り神』の力によって魔法の効果は減衰するという話だ。魔法と聞いてパッと思いつくような、たとえば炎を出す攻撃魔法などがあったとしても、それも街中ではほんの少しの熱波を生じさせる程度にまで落ち込む。
(だから、基本的には安全……なんなら外に出なければ――)
実継は門の内側に入らず、敷地の外、通りに立っていた。恐らく『屋神』の力によって〝家主〟の許可なく立ち入れない、ということなのだろう。書類上の家主といえば
(登下校はリムジンで送り迎えって噂で聞いたことあるけど……歩きで来てるみたいだ。俺と一緒に……登校?)
ようやく、先の実継の言葉が思い出される。
(……なんだかよく分からなくなってきたな――俺と話がしたいってことか? じゃあやっぱり、俺が美少女戦士だってことも知ってる――)
目的はなんだろう。敵情視察か、それとも威圧、または挑発か。なんにしても、気は抜けないし、いつまでもこうしてはいられない。嫌でも外に出なければ……。
(まあ、『蟲』はいいんだ、『蟲』は……。まだ試してないけど、薫子さんからもらった『対ムシ眼鏡』がある……)
見た目はごく普通のお洒落な眼鏡だが、これをかけるとあら不思議、『蟲』が見えなくなるという――知ってしまったため、もはやこの眼鏡がなければ〝見えない〟頃には戻れないというのが悲しいところだが。
ともあれ、学校に行こう。鞄を取りに二階の自室に向かう。
(案外、痺れ切らして、いなくなってるかも――)
そんな淡い期待と共に、登校の仕度を終えた頑馬がドアを開いて外に出てみれば、
(まだ、いる……)
スマホ片手にちゃっかり〝待ち〟のポーズの竿留実継がそこにいた。
(マジか……。ロクに話もしたことがない先輩と一緒に、学校までの十数分、歩きか……朝から気が重い。眼鏡効果で『蟲』が見えないのがせめてもの救いだけど……)
……というかそれ以前に、それなりに待たせてしまったこの状況に、男子に対して短気で知られるこのイケメンがぶちギレてないかが心配だった。
実継がスマホから顔を上げ、こちらに振り向く。
「どうした、腹でも壊したのか? 『魔女』に毒でも盛られたんじゃねぇのか?」
そう言って、嘲るような笑みを口元に浮かべた。
(『魔女』……薫子さんのことか)
薫子たちもどちらかといえば悪口のようなノリで竿留
(こっちの事情は委細承知って感じか――)
恐る恐る、後ろ手にドアを閉め、前に踏み出す。こちらが警戒しすぎなのか、相手はスマホ片手に完全な自然体。緊張している自分が場違いに思えてきた。それでも門から……敷地の外に出る時には最大限の注意を払い、すぐに実継との距離を取る。
頑馬のその様子を見て、実継は呆れたように、
「別に、朝からドンパチする気はねぇよ。ただ話をしようってだけだ」
「…………」
裏を返せば、その気になれば〝ドンパチ〟することも可能、ということだろうか。
(とりあえず、薫子さんに連絡は入れた……〝既読〟はついてないけど、何かあってもまあなんとかなる、はず……)
警戒は解かないまま、先に歩き出した実継の後を追うように、頑馬も歩き出す。
(恐ぇよ……、いつも以上に人目があるとはいえ、なんかヤンキーの先輩に校舎裏へ呼び出されてみたいなコワさがある……)
イケメン効果なのか、誰もが一度はこちらを振り返る。だから暴力に訴えるようなことはしないだろうが――いや、イケメンだから許されるという恐れもじゅうぶんにある。
彼が〝こちら側の事情〟を知っているのなら、自分の親の七光り、その実効力もまた理解しているのだろう。なんにしても、距離はとっておくべきだ。
「あの『魔女』らに何を吹き込まれたか知らねぇが、」
前を歩く実継はスマホごと両手をポケットに突っ込み、こちらを振り返りもしないまま続ける。
「片方の主張だけ聞いて判断するっつーのは、公平性に欠けるよな? だろ?」
……正論である。
「むこうが清廉潔白だって保証はないんだぜ? あちらの言い分をそのまま鵜呑みにするのはどうかと思うがな」
「…………」
それは……ちらっとだが、頑馬も似たようなことを思った。薫子らと会う前に、竿留千種側と接触していたらどうなっていただろう、と。
(だけど……)
竿留千種――『魔女』〝アークシィーズ〟――実際に対面し、その言動から受けた印象は本物だ。そうそう拭えるものではない。
薫子いわく、〝中二病〟とのことだが――
『まあ、分からなくもないわよ。魔法という力を手に入れて、たとえば「ヒトはどこから来て、どこへ行くのか」みたいな哲学、真理の究明っていうのに興味を持つのも、理解は出来る。でも……やり過ぎよ。未成年を誘惑したりとか、もうヤバい』
……とにかく、竿留千種は危険思想の持ち主なのだ。それは頑馬自身、肌身で感じたのだから間違いない。
しかしそうなると、一つ疑問も浮かぶ。
(この人は、どういう立場なんだ? ……実の親じゃないのに――そのことも知ってるのか分からんけど――あのヤバい母親に従ってるのか? 目的とか、理解してるのか? それとも親の七光りが惜しいから、言われるがまま?)
街じゅうの人々が彼を『イケメン』だと認識する――それもあって、あらゆる女の子は彼の意のまま、思いのまま。女性関係だけでなく、他にもいろいろと融通が利くだろう。そうした〝特権〟ともいえる力があるのだ。それを失わないためなら、親の言うことも聞くだろう。
(話……話か。そうだな、そっちが自分から言い出してきたんだ。そっちの言い分があるってんなら、聞かせてもらおうじゃないか)
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