第9話 変身




「とりあえず服を着させてくれませんか!?」


 空き地の中心で、頑馬がんまは叫んだ。


 頑馬は全裸である。恥ずかしい云々以前に、人としてこの状態でい続けるのは――少なくとも屋外でこの格好でいるのは、ものすごい抵抗がある。


 何か隠せるものはないかと視線を走らせるのだが、これといって見当たらない。強いていえば姿見があるから、その後方にいる綾心りょうこ恋無れむから直視されることはないだろうが、すぐ近くにいる銀髪の魔法少女はにやにやしながら、


「その髪色さぁ、僕のこと意識してるよね、絶対」


 などと冷やかしてくる始末だ。見ればあちらの方がより銀色に近いから厳密には異なるものの、やっぱりどこかでこの〝魔法少女〟を意識していたのは否定できない。


(魔法少女でもなければそもそも男だったんだが!)


 ともあれ、服だ。


(というか俺がもともと着ていた制服はどこに消えたんだ――靴も履いてないんだが!)


 そうやって裸足の頑馬が小さな胸の奥の心臓をばくばくさせていると、


「仕方ないわね」


 と、ため息混じりに薫子かおるこがつぶやいた。


「こういうこともあろうかと、」


「こういうこととは!」


「あらかじめ用意していた新時代のスタンダード魔法服を着せてあげるわ!」


 何やら高らかに宣言すると、薫子は一枚の札――カードのようなものを取り出し、その手を叩きつけるように頑馬の上に振り下ろした。


 カードが頑馬の頭に触れるかどうかというその刹那――再びの発光。


「――はっ!?」


 とっさに目をつぶっていた頑馬は、目を開くまでもなく、自分の身に起こった新たな変化を実感していた。まさしく身をもって、体感していたのである。


(服を……着ている)


 服を着ている感覚は、はっきりと分かった。


 突然全裸になっていた時にはその実感すらなかったというのに――頑馬には"現状"その自覚はなかったが、〝無間領域〟にて薫子の言う〝のじゃロリさま〟と同じ時間を過ごしているあいだ、既に『美少女体』となっていたのである。そのため『美少女体』でいることに……全裸でいることに感覚的に慣れ切っていたのだ。我に返ってもすぐにはその〝変化〟に気付けなかったのはそれが理由である。気付けなかったというより、とうに受け入れていたのだろう。


 しかしその〝変化〟の記憶は、〝一瞬〟に凝縮され、未だ頑馬のなかで整理できていない……理解されていない記憶なのである。そのため現実に戻り、我に返ってみれば、全裸であることに動揺するのは必然である、という訳だ。


 一方で、全裸であることに慣れていたがために、〝服を着た〟という感覚に過剰に反応するのである――


 立ち上がり、頑馬は改めて姿見に映る自分の姿を確認する。


 それはまるで〝今の頑馬〟のために用意されたかのような色彩の衣装だった。


 サイズは一回りほど余裕があるが、それもファッションとするならなるほど様になっていると思える厚手のパーカーで、袖は手首にかけて広がっているものの動きの邪魔にはならず、裾は膝までの長さがあり縁の方は綿のようなフェイクファーがついている。メインのカラーは灰色がかった白で、空のような青色を各所に添えたものだ。

 全体を見た印象としては、もこもこして暖かそうな冬着といった風情だが、色合いが爽やかさを加えており、パーカーの下のシャツは生地こそ厚めだが丈は短く、腹部を大きく露出している。いわゆる〝ヘソ出し〟というやつだが、背中から腰にかけては覆われており、逆に肩甲骨のあたりには生地がない。パンツも腿の半分までしか覆っていないショートタイプ。背面から見ればちゃんと着込んでいるように映るだろうが、その実かなり無防備な格好である。

 一方で足元はゴツめの黒のブーツ。膝下までの長さがある。脚にフィットする形状で動きやすいが、膝の方に行くに従って締め付けが緩み、花のように開いていた。白いソックスは腿まで覆うロングのものだが、なんらかのこだわりがあるのかショートパンツとのあいだに肌色の隙間が覗いている――


「…………」


 ……なんと言えばいいのか、言葉が見つからない頑馬である。


 鏡に映るこの銀髪の少女が〝自分だ〟という自覚があるからこそ余計に――パーカーだけならまだ許容できるが、この足元の装いには若干の思うところがないでもない。さっきまでとはまた別の恥ずかしさがこみあげてくるのを否めない。


 ただ、これが自分だというのを抜きにすれば、


「可愛いじゃん、〝ゆきんこ〟って感じ」


 と、綾心からコメントを頂いた。概ね、頑馬もそれには同意である。例の銀髪美少女戦士と雰囲気が似ているあたり、あちらの衣装も薫子の作なのだろう。見ようによっては姉妹のように映るかもしれない。


「あのう――これが俺のデフォルトの衣装……なんですか? この姿で俺、これから――」


 先に続く言葉は、まだいまいち実感の湧かないもので、言いよどむ頑馬に、


「何か不満でも?」


 若干むっとした様子の薫子さんである。


「い、いえ……とても可愛らしいと思います」


「よろしい。可愛いは正義、可憐さはパワーの源なのよ」


 出来に満足そうな薫子さんである。


「それにしても……、」


 と、いつの間にか近くに来て頑馬の姿を観察していた綾心が、もこもこのファーのついたフードを頑馬の頭に被せながら、


「これ、どうなってるんですか……? 今、どこから?」


 言われてみれば、何もないところから服が出てきたのである。不思議に思うのも当然だが、そのあたりの感覚がすっかり麻痺してしまっていた。


「このカードよ」


 薫子さんの手には、社員証などを入れるようなストラップ付きのケース――その中に収まるカードには、服のようなものが描かれている。写実的なイラストのようにも、衣装そのものを撮った写真のようにも見えるが、その服は現在頑馬が着ているものと同じ衣装だ。


「このカードには私のデザインした衣装が〝封印〟されているの。実際に手作りしたものを量子分解して、カードに刻印、必要に応じてこうして実体化させる訳ね。女児向けアニメを参考にしたのよ」


「魔法少女っぽいですね――説明されてもちょっとよく分からないんですけど……」


 つぶやきながら、頑馬は自分の着ている衣装をあちこちさわって確認してみるのだが、この服は実際に存在しているものだ。幻などではない。


「美少女体への変身と、原理としては同じよ。この大気中に存在する〝守気シュキ〟――魔法を使うためのエネルギーのようなものを、『変身』という言葉をキーにして身にまとい、物質化する」


「シュキ、ですか……」


 魔法少女はやはり人々の好意エールを力に変えているのだろうか、などと思った。


「……さっきも言ったように、その美少女体は〝着ぐるみ〟をつけているようなものなのよ。だから元々着ていた制服ごと、その上から今の姿になっている。上書きされているの。裸になっていたのはそのため」


「へえ……。漠然と理屈は分かったんですけど、なんでほんとに素っ裸……身体だけ変えて、服はそのままにはならないんですかね……」


「衣服も靴も、同じ〝身体〟という判定なのね。……身体だけ変わっちゃうと、体型とかも変わるし元々着ていた制服なんかはサイズが合わなくなるでしょ? だから丸ごとなのよ。考えられてデザインされてる〝変身〟システムでしょう。ちなみに、鞄なんかはさすがに取り込まれないけど、服のポケットに携帯なり財布なり入れてると、そのまま美少女体の中に取り込まれて……仮に着信があっても、身体の中から音はしても携帯を取り出すことは出来ないわ」


 まあそもそも電波は受信できないんだけど、とつぶやく薫子を傍目に、綾心は頑馬の前に周ってパーカーのチャックを閉めたり開けたり、口元までを覆うような襟を立てたりしながら、


「じゃあこの服は後付けっていうか、後から着るものなんですか」


「そう。変身自体は掛け声一つで出来る。でも、このカード――衣装の収まった、ある種の〝変身アイテム〟が必須なわけ。じゃなきゃ全裸で登場することになるわ。まあ感覚を掴めれば、元々の服はそのまま身体だけ、という変身も可能になるけど――」


 綾心の手が加えられ、さっきまで前面露出度高めだった頑馬はいつの間にか〝防御力高めのペンギン〟みたいな雰囲気に変えられていた。具体的にはパーカーの前を閉じ、チャックの上からいくつかのボタンが留められ、フードに加え口元を覆う襟によって目元以外がほとんど覆われている。すっかり着せ替え人形にされてしまっていたが、ちらりと姿見に映る自分を確認すると、この衣装の新たな一面が窺えた。


「あのう……ちなみに、この衣装には何か意味が?」


 ひとのことを矯めつ眇めつ眺めている綾心から一歩引きつつ、頑馬はたずねた。


「もちろん意味はあるわよ。機動力とか防御力が上がる、立派な装備品ドレスなのよ。ちょっとジャンプしてみて――」


 言われるままにジャンプして――



 ――ゴォオオオオオオオオオオ――



 思いのほか高く跳びあがったことへの驚きをかき消すような轟音が、響いた。


 ――空だった。


「な、なにごと……? これがドレスの力?」


「いえ、空襲よ」



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