第5話 理由




 頑馬がんまの両親は、彼が幼い頃、事故に遭いこの世を去った。


 現在、頑馬の面倒を見ている養父母は父方の遠い親戚で、たまたま同じ街に住んでいたため、頑馬を引き取ったのである――



「一目見て、あの二人の子どもだと分かったわ。あなたの母親――綾華あやかさんは、私の先代――私の前に、この街の『魔法少女』をやっていた。父親――知羽しるばくんは、その眷属、彼女の『美少女戦士』だったのよ」



 ………………。


 思考が停止する――ただ、徐々にオイルが染み込むように、思考が回り出す。歯車がかみ合っていく――薫子さんが両親の名前を口にしたのが影響したのだろうが、それに加えて、父のことを「知羽くん」と呼んだことが一番大きかった。


(うちの親父……写真でしか顔を知らないけど――童顔すぎて、おじさんもおばさんも、他の親類もみんな、なぜか『知羽くん』って呼ぶんだよな――童顔すぎて)


 そしてあなたもよく似ているわ、と言いたげに、深く頷く薫子かおるこさんである。


「頑馬のお父さんとお母さんが……、じゃあ、私は?」


 と、綾心りょうこの問いに、薫子さんは綾心の方をジッと見つめて――


「いえ……。特に、私は知らないけども……。もしかすると、血縁者に関係者がいたのかもしれないわね――あるいは単に、強力な才能を持つ彼に、もっとも近い場所にいたがために――その影響を受けたのかもしれない。私は当初、例のイケメンの影響だと考えていたのだけど」


「例のイケメン」


 の、影響で? 綾心が? 聞き逃せない話である。というか、どうしてこの自称・魔法少女な明らかに成人している女性は、あのイケメンのことをたびたび話題に上げるのか。


「そうね、せっかくだから話しましょう――この街の、真実を」


「!」


 何やら背筋を正させるような物言いだ。


「そして、私がこうして引きこもっている理由を……」


 そちらはあまり……いや、まあ、多少興味がないでもないが。


「まずは……そうね、どうしようかしら。まず、私は〝良い魔法少女〟なのよ。これは分かってもらえるかしら? 土地に選ばれた、先代である頑馬くんのお母さんから跡を引き継いだ、正当な魔法少女。オーケー?」


「え? あ、はい……?」


「土地に選ばれた魔法少女は代々、一人だけ――だけど、例外的に、特殊な事情から魔法少女の力を持つ女の子が生まれることがある。生まれるっていうのは、まあ……赤ちゃんの時から先天的に、土地の力を受けて才能を獲得する例と、そうでない、後天的な例があるの――先天的な才能の持ち主は、私のように先代から『魔法少女』の座を譲り受ける立場にある。けれど」


 世の中には、なんらかの事情で後天的に力を獲得した魔法少女もいる。


「後天的な魔法少女は、己の〝役割〟を理解していない――自分の好き勝手に魔法を使う――いわば、『魔女』よ。悪いヤツ。ここまでは、オーケー? つまり、世の中には私のようにノブレスオブリージュを実践している善人と、己の欲の為に魔法を使う悪人がいるのよ」


 だいぶ主観が入り混じっているような気もするが、事情を一切知らない身としては、薫子さんの言い分をとりあえずは聞いているしかない。


「この街には、その『魔女』がいるの。名前は――竿留さおとめ千種ちぐさ


「……! 竿留って――」


「そう、例のイケメン――彼は、千種の息子よ」




 魔女――竿留千種。

 彼女はその魔法の力を使い、秘密裏にこの街を支配している――らしい。


「すぐには信じられないでしょうね。実質的に、支配者と呼べるのは市長とか、そういう目に見える権力者――でも、彼らでさえ、千種のお人形なのよ。彼女がその気になれば、街の市政は思いのまま。極端な話、彼女と相対した時、彼女が自分のことを『千種さま』と呼びなさい――そう言えば、そうなる。そんなふざけた言い分が通り、この街の人間が皆、何も違和感を覚えることなくそれを受け入れる――」


「そんな――」


「たとえばそう、彼女の息子を『唯一絶対のイケメン』であると皆が思い込んでいるように――」


「!!!」


 その一言に、頑馬も綾心も戦慄した。


「分かったでしょう? つまり、そういうこと――現状、支配らしい支配をしていないようだけど――この街では、あの息子が全ての女の子を好きにできると思ってもらっても差し支えないわ――」



「それは、男として思うところがあるんじゃないか――少年」



 子どものような、高い声が――厨房の向こうから。


 そちらに目をやれば、小さなシルエットが進み出て来る。


(小学生……?)


 先ほど見かけた、例のイケメンと手を繋いでいた幼女と同じくらいの背丈の、黒縁眼鏡をかけた男の子だ。

 しかし、どうにも小学生らしからぬ――その、不敵な表情。醸し出す、どこか大人びた知的な雰囲気。それは彼らが片手に分厚い本を抱えているためか――



「紹介するわ、彼は――渦苗かなえ恋無れむ。私のよ」



「「……はい??」」


 上ずった声がハーモニーを奏でる。綾心と思わず顔を見合わせる。さっきまで物言わぬ彫像と化していた青年が噴きだし、薫子さんがこころなしかむっとする。


 それらに構わず、少年はこちらにやってきた。よいしょ、と小学生らしからぬ所作で薫子さんの隣の席に座る。テーブルの上に置かれた本は、どうやら小学校の卒業アルバムのようだ。


(この見た目で、実は成人している……? 海外の映画でそういう俳優見かけるけど――でも、そういう感じじゃない――)


 どこからどう見ても、〝男の子〟である。童顔とか、そんな次元の話ではない。


 これはもう犯罪である――


「単刀直入に説明しよう」


 男の子はその高い声音に似合わない大人びた落ち着いた調子で、


「ボクは彼女が言うところの『魔女』、竿留千種の〝魔法〟によって子どもの姿に変えられた――立派に成人した、美少女戦士だ」


「お、おぉう……」


 ドシン、と開かれるアルバム。卒業生一覧――小学六年生のとあるクラスの生徒たちの顔写真が並ぶ中、男の子はある女の子を指さし、


「これが、薫子」


「あ、ほんと」


 普通に小学生女子といった風貌の、『過咲すぎさき薫子』という生徒が載っている。目の前の成人女性と見比べてみると、確かに面影がないでもない。写真の女の子が順当に成長すればこうなるだろう。


「そして、これがボクだ」


 指さした先、この男の子そっくりの男子生徒の写真もある。名前は確かに、『渦苗恋無』――いや、写真より今の方がさらに幼いかもしれない。


「物的証拠だ。これで分かったかな? ボクは千種の手によって、小学生の頃の姿に変えられてしまった――」


 さおとめ――生徒の一覧の中にそんな苗字を見かけたが、確認するより先に男の子――恋無はアルバムを閉じる。


「コナン的なあれだと思ってくれれば理解も早いだろう」


「あ、そうっすね――」


 急に腑に落ちた。なるほど確かにそんな印象だ。


「そういう訳で――私と千種は敵対しているのよ」


「……それは――はい、なんとなく、理解しました……。なぜそうなったのかは、さておき――」


「私は千種の横暴を許す訳にはいかない。頑馬くんも、唯一絶対のイケメンなんてものに青春を邪魔されたくない」


「ええ、それは――……はい? ちょっと待って」


「私はこの時を待っていたわ。いつか、綾華さんたちの息子が味方になる、その日を――これで停まっていた時が動き出す」


「それは確かに、言いえて妙だな。ボクも本来の姿を取り戻す――」


「いや、あの? 盛り上がってるところ――」


「こうなると、クロウの気まぐれは英断だったわ。まさに運命と言っていい。正義は勝つのよ。千種に手を付けられるより先に、彼をこちらに引き込むことが出来た――」


「ふふふ、実はこれ、狙ってました!」


 何やら盛り上がっている大人(子ども)三人組。そのテンションについていけない頑馬と、完全に置いてけぼりの綾心である。


(大人がリアルに喜んでる……ここまでテンション上がってる大人を生で見たことなんて、これまでの人生であっただろうか――相当、待ちに待ったというか……)


 その期待に応えなければ、という思春期の承認欲求のようなものが疼くが――それを抜きにしても、だ。


(あのイケメンの正体は、インチキだった――そう言われてみれば、確かにそうだ。まるで魔法が解けたみたいに、あれのどこが唯一絶対のイケメンなんだって気になってくる。そもそも、イケメンの基準なんて人それぞれ。好みのタイプだってみんな違うのに、女子の全員が全員、あいつに骨抜きにされるなんて――ありえないだろう)


 親の七光りでイケメンと呼称される存在がいる――


『――ああああ! とにかく可愛いなって思ってた子をこのあいだ〝お持ち帰り〟しやがったんだ!』


 甦る友人の叫び。


 聞けば、ヤツに棄てられた少女たちは皆、彼を責めるでもなく、自ら身を引いたり、自身に非があるのだと涙をこぼし枕を濡らしているという――


(そんなヤツを、俺は許せるのか……?)


 完全に巻き込まれただけの部外者と化している綾心を意識する――


(……それに、確か今、『千種に手を付けられるより先に』って、薫子さん言ってたよな――もし、その『魔女』が、俺のことを知っていて――)


 例のイケメンが綾心に声をかけていたのも、それが理由だとしたら――


「俺――」


 芽能頑馬は意を決する。


「俺、やります!」


「え、頑馬、何そのテンション……」


「やるもやらないも、決定権は私にあるのよ! 嫌だと言っても眷属にするわ!」


「横暴だこの人――!」



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