第4話 魔法少女




「待ってはいたんだけど、まさか本当に来るとはね」


 昨日の青年は昨日と変わらない様子で、頑馬がんま綾心りょうこに声をかけた。


「あのさ――!」


 いろいろと言いたいことが頑馬の脳裏を駆け巡るも、


「まあ、中で話そう――君たちを待ってる人がいる」


 青年の一言に気勢をそがれ、頑馬は言葉を失う。それから青年の発言に疑問を覚えた。待っている人? どこに? 不思議に思っていると、青年が身を預けていた塀から離れる。


 住宅街の中に不自然に生じた、どこまでも続くような一本道――その一部が、それまでと異なっていた。

 塀がなくなり、開けた場所が覗いている――青年が立っていたのは、その空き地の前だった。


「ジャイアンツリサイタルアキチ……」


 土管が積まれただけの、何もない空き地を予感させる塀の開き方だったが――近づくと、そこに建物があると分かった。


 不自然な住宅街の中でも、さらに異質――第一印象は、「むかしなつかしい駄菓子屋」といったイメージ。しかし醸し出す雰囲気はまるで「占いの館」といった怪しげなもの。木造の小さな小屋で、場所が場所だけに物置か何かに思える。


 あの中に誰かいるのだろうかと頑馬が軽く身構えていると、建物の古い戸が横に開いた。


「この子たちね」


 現れたのは、女性だった。

 頑馬はその人のことを素直に「美人」だと思ったが、女性が取り出した野暮ったい丸眼鏡がその印象を上書きする。黒い長髪が良く似合う、さながら図書館の美人司書と評判になりそうなイメージ。美人秘書といった色気を感じないのは、肌をほとんど露出させない黒い衣装を着ているためか。喪服のような見た目だが、装飾が入っていたりとそれほど黒くはない――彼女によく似合っていて、全体として落ち着いた、それでいて神秘的な空気を醸し出すファッション。


(我ながらめっちゃ服に目が行くな……。なんだろう――)


 一日中、顔を上げないようにしていたせいかもしれない。その女性の頭部に例のあれは見えないが、それにしても――その服装とセットで、彼女という人間が完成している――そんな、イメージだ。


「その制服……」


 と、あちらも服に目が行っていたらしい。野暮ったい丸眼鏡の向こうの眼を細め、落ち着きを感じさせる声で彼女は言う。


「やっぱり、『あのイケメン』のいる、学校の生徒ね」


 あのイケメン――もしかするとこの街では、その一言だけで誰を指すのか理解できるくらい、共通認識となっているのかもしれない。というか、こんな――年齢がよく分からないが、少なくとも十代ではない――高校とは縁のなさそうな女性でさえ、あの男のことを知っているのか。


「あなたたちがこうもあっさり『狭間』に入れるのも、その影響かしら――」


「……あの、何か?」


 女性が、じっと頑馬の顔を見つめている――


「なるほど。……〝ケモノのサガ〟ね。そういうこと――」


「???」


 勝手に何か納得していらっしゃる。横で青年が気まずそうな顔をしていた。


「とりあえず、中で話しましょうか」


 ぱん、と手を打って、女性はまるで別人にでもなかったように朗らかな笑みを浮かべた。神秘的な雰囲気はどこへやら、さながら文系女子が実はオタク趣味を持っていたと明らかになったくらい、彼女への印象が大きく変わった。つまり、だいぶ警戒感は薄らいだ。


 女性が建物の中に入っていく。その屋内は、外からは窺えない。闇が広がっている――明かりが灯っていないとか、そういう次元ではない。

 頑馬と綾心は青年の方を窺うが、青年はなんともいえない顔で――不意打ちで梅干しを口にしてしまい、ひとしきりその酸っぱさに苦しんだ後に見せるような、そんな渋い表情で――二人を店の中へと促した。


 思わぬ展開に多少勇気を必要とされたが、ここまで来て引き返しても仕方ない。二人は意を決し、建物の敷居をまたいだ――


「え?」


 瞬間、世界が変わった。


 想像していたような「むかしなつかしい駄菓子屋」なんて滅相もない――そこはさながら、お洒落なレストラン、あるいは雰囲気のあるカフェだった。


(建物のサイズが……外と中で、全然違う……)


 広い。とにかく広いホールだった。テーブルが四脚、それぞれに椅子が四つずつ。奥にはカウンターもある。

 カフェ、喫茶店――そんなイメージをぶち壊すように、各テーブルの上には乱雑に新聞やら雑誌やらが積まれている。空いているのは窓際の一か所で、女性はそちらに二人を案内した。


「なんですか、ここ……」


 促されるまま椅子に座った綾心が、呆然とした様子でつぶやく。


「ここは、私の実家――昔は喫茶店をやっていたのだけど。諸事情により〝隠れ家〟として利用しているわ。『狭間』のあのボロ屋を通してしか入れない、秘密の場所」


 何かしれっと不思議なことを口にしてから、女性は青年に目で合図する。青年は奥のバーカウンターへ。暖簾の向こうに厨房らしき部屋が見える。


「ともあれ、まずは自己紹介をしましょう。――私は、過咲すぎさき薫子かおるこ。職業はファッションデザイナー。ここに引きこもりながら、ネットで自作の服を売って生計を立てている魔法少女よ」


「へえ――」


 と、なんとなく頷く頑馬と違って、横の綾心は驚いたような高い声を上げる。


「え、カオルコ? カオルコって、あの――」


 しれっと、本当にごく自然に言うものだから思わず聞き逃してしまったが――


「そう、あのカオルコよ。さすがに、女子高生ともなれば分かるわよね。ええ、そう、私があのカオルコさんです」


「ええー……!」


 まるで憧れのアイドルからサインでももらったかのように、珍しく表情を輝かせている綾心である。「あのカオルコ」が何を指しているのか、頑馬には「あのイケメン」ほど意味は伝わらなかったが、それよりも、だ。


「……魔法少女?」


「ええ、そう。魔法少女ですよ。……何か?」


「……あ、いえ、はい」


 少女? その定義について論じるのを許さないというように、奥からガラガラと音をたてながら車輪のついた台を青年が運んでくる。その上にはきれいなティーカップが一つと、ガラスのグラスが二つ。青年はポッドからカップに紅茶を注ぎ、あらかじめ水の入っていたグラス頑馬と綾心の前に差し出した。お客様は水道水でもお飲み下さいという意思を感じたというか、そのものであった。


「何この塩対応……」


「気にしないで。この子はクロウ――折枝おりえ狗牢くろうよ」


 優雅な所作で紅茶に口を付けてから、薫子さんは言った。眼鏡がくもっていた。


「さて、じゃあ何から話しましょうか」


 眼鏡を外し、薫子さんがたずねる。水に手を伸ばすべきか、しばし迷ってから、頑馬は綾心と顔を見合わせる。先ほど魔法少女と名乗ったことからしても、隠し立てするつもりはないらしい。質問すればなんでも答えてくれそうで、いろいろと興味もそそられたが、


「まず……俺たち、『蟲』? ていうんですかね、昨日から……そこの、クロウさん? にですね、魔法をかけられてからというもの――」


「その話は聞いているわ。だけど――ええ、まあ、こればっかりは仕方ないわね。クロウを責めないであげて。……とはいえ、シンプルに嫌がらせ以外の何ものでもないことをした、この子に非があるのは間違いないけれど……でも、本当に、一日もすれば解けるというか、自然と見えなくなるはずだったのよ。これが普通の人間なら、ね――」


「……と、いいますと」


 喉が渇き、水に手を伸ばした。ほんのり塩味。本当に塩対応されている。


「クロウと接触したことがきっかけで――その魔力に感応して――あなたたちの、魔法を扱う才能的なものが開花してしまった――……ということに、なるかしらね」


「むう……――魔法って、というか、魔法少女って――」


「まずは、順を追って説明しましょうか」


 再び眼鏡をかける薫子さん。二人は息を呑んだ。青年はテーブルから少し距離をとったまま、椅子には座らず佇んでいる。


「厳密に言えば、この場で『魔法少女』であるのは、私だけ――土地に宿る、神様的な存在から力を与えられた、現代版の〝巫女〟――それが、魔法少女よ。私は土地に選ばれた魔法少女――そして、その魔法少女に力を分け与えられた、『眷属』――それがこの子、クロウ。私は眷属のことを『美少女戦士』と呼称しているわ」


「……美少女、戦士……?」


「そう。魔法少女ほど魔法を扱う能力はないけれど、魔法の力を行使し、主に肉弾戦に特化した――魔法少女を守る、男の子」


「男の子……」


 ちらりとそちらを見れば、目を閉じて頷く意地悪青年である。


「魔法少女の力を借り受けた都合上、その能力を発揮する時――すなわち、〝変身〟する時には、『美少女体』と呼ばれる仮の肉体に変化するわ」


「なる、ほど……?」


 分かったような、分からないような。


「そして、私の見立てが正しければ――あなた、芽能めのう頑馬くん」


「え?」


 名指しされ、気付く。頑馬と綾心は彼女たちに名乗っていないはず――


「あなたは、選ばれし才能を持っている――かもしれない――新たな美少女戦士候補なのよ」


「……なぜに?」


 急に胡散臭くなってきて、思わず腰を浮かしかけた、その時だった。



「なぜなら――あなたは『魔法少女』と『美少女戦士』のあいだに生まれてきた、いわゆるサラブレットなのだから――」



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