第2話 遭遇2
「君たち、『イケメン俳優』って聞くと、何を想像する?」
曲がり角で出くわした謎の青年の問いかけに、
……なんかヤバい人につかまってしまった。
そう思うものの、青年の醸し出す謎の雰囲気に気圧され、未だ尻餅をついたまま二人とも立ち上がることが出来ずにいる。そんな状態で、『イケメン俳優』なんてものがパッと浮かぶはずもない。
二人の答えを待たず、青年は続ける。
「つまりイケメン俳優っていうのは、なんにでも、どんな役にでもなれるんだ。与えられればなんでも演じる。そういうものだよ。変人系天才研究者を演じたかと思えば、オレ様系王子様を演じたりもする。それぞれ、とてもじゃないが同一人物とは見えないほどに完璧に役をこなすんだ。カメレオンみたいにね。つまり、そういうことなんだ」
「……はい?」
「僕はちょっと、魔法少女になりきっていたんだよ。そういう気分だったんだ。……え? 衣装はどうしたのかって? 早着替えだよ。役者なら普通だろう? 脱ぐだけなら一瞬だよ。ははは。見てみるかい? ほうら、変身するよ――」
ぴかーん
一瞬だった。青年がくるっと身を翻したと思った次の瞬間、そこに青年の姿はなかった。
まったくの別人が――そう、あの時ほんのわずかのあいだだけ視界に入った――
銀に近い白色の長髪、青い切れ長の瞳――オオカミの毛皮のようなものが襟元に並んだマントを羽織り、その下には改造したセーラー服に似た衣装――スカートから、長く細い足が伸び、特徴的な形状のブーツを穿いている――
「ま、まほ……さっきの! 魔法少女!」
「そう、僕さ」
――え?
声は、見た目にたがわない、凛とした女性のそれだった。ついさっきまでその場にいた青年の男性的だがわずかに高くもある、記憶に残るイケメンボイスとは絶対に違う――違うのに、なぜだろう。口調か。イントネーションか。同じものを感じてならない。
開いた口が塞がらなかった。それは綾心も同様だった。二人揃ってさぞ間抜けな顔をしていたのだろう、青年――魔法少女が噴き出す。絵になるような笑みだった。
「君たちが目撃した魔法少女は、間違いなく僕だ。僕の方からも君たちが見えた、だからこうして出てきたんだ。……正体を明かすつもりはなかったけどね。……これで分かったかな? イケメン俳優っていうのは魔法みたいな早着替え及びボイチェンが可能だってことが!」
「いや、ありえねー……それは、さすがに。イケメン俳優がそんな凄技するくらいならいっそ、CGとかアフレコした方が絶対効率いいでしょ」
「……まったくの正論だが――まあ、いいか。さすがに無理があると思っていたし、可能性としてはいつかこういう日が来るとも思っていたさ。あぁ、分かった。白状しよう。なんだかそうしなければ今にも口から臓物が飛び出しそうなほど最悪な気分だったんだ」
青年――魔法少女はやれやれ、といったように首を振ると、
「僕はこの街の平和を密かに守っている魔法少女だ。君たちはついさっきまで、僕がバトルするために展開していた、フィールド……まあ、異世界的なヤツに迷い込んでしまっていた。だからこうしてわざわざ遭遇し、君たちを〝外の世界〟に連れ戻してあげたってわけ」
「な、なるほど……?」
言ってみただけ、頷いてみただけだ。やってみても、さすがにすぐには飲み込めない。
「で、だ。こうしていちいち説明しているのは――そうしてあげないことには、君たちも引き下がらないし、疑問を抱えたままだと忘れることも出来ないからね。なぁんだそういうことか、と"理解して、忘却すること"を期待して――君たちに、魔法をかけてあげよう」
パチン、と指を鳴らした。青年のこれみよがしにわざとらしいアクションによって――頑馬は何か、自分の視界の端に違和感を覚えた。
なんとなくそちらを見れば、綾心もまた頑馬に顔を向けていた。目が――合わない。二人とも、お互いの頭上に視線が釘付けだった。
――何か、いる。
ある、というべきか。
「それが、『
ぎゃああああああああ! キモいキモいキモい!
二人は揃って叫び、お互いを指さし腰を抜かしながらも必死に相手から距離をとろうとしていた。青年の声は完全に耳に入っていなかった。それから一瞬冷静になって、相手の反応の意味を理解する。そしてまた叫ぶ。
いる、自分の頭の上に――何か、昆虫的な、ひも状の見た目をした物体が。
綾心の頭頂部にしがみつくように、縄のような、細い何かがある。それは綾心の頭から首――脊髄に寄り添うように、乗っかっている。それの背にあたるだろう部分には昆虫の翅にも似た薄いビニールのようなものがついていて、さながらウサギ耳のように綾心の頭の上でピンと立っている。
――同様のものが、自分の頭の上にもいるのだろうと、頑馬は綾心の反応を見て理解した。
しかし、違和感はない。何かが乗っている実感がないのだ。恐る恐る、そして意を決して一気に手で頭部を振り払う。髪をかきむしる。だが、手応えはなかった。綾心が同じ反応をして、こちらを見て、そして首を横に振る。ほとんど震えていた。頑馬も首を横に振った。震えていた。鳥肌が立った。綾心の頭にそれはまだついている。
「本来、それは目には見えないものだが、今回は特別に、君たちの眼でも見えるようにしてあげたよ。……どうかな? それをとってあげようか? もう分かったと思うけど、素手ではどうしたって振り払えないよ」
二人は全力で首肯した。
青年は両手を振った。二人の頭部めがけて横薙ぎに手刀を振るうような動作だった。
「ちょっとだけとり憑いたって程度だ。ほら、蚊やハエが時折羽休めするようなもんだよ。ザコだよ、ザコ。良かったね。たぶん、それが憑いてたせいで『
もう、二人の頭にそれはついていなかった。どこかに飛んで行ったという風ではない。最初から何もなかったかのように――
「……見えなくしたとかじゃなく、ほんとに消したんですよね?」
「ははは」
「ちょっと!」
「大丈夫。ザコだから。この『
ぱんぱんと、魔法少女は両手を打ち鳴らし、再び、くるりん――なんてことはない、どこにでもいそうな雰囲気の青年へと様変わり。
「そういう訳ではまあ、君たちは不思議な体験をしたんだが――口外するなとは言わない。どうせ話したって誰も信じやしないだろう。それに――『狭間』の外とはいえ、こういう不思議体験っていうのは"腑に落ちた時、忘れられるものだ"」
「?」
「つまり、じきに忘れるから――さあ、気にしないで帰宅したまえ。もう日も暮れたし、夜になればもっとマズいものに出くわすかもしれないからね。あぁ、そうそう、とりあえず今夜までは〝まだ見える〟状態だから、なるべく視線を下げて、人生に絶望しました話しかけないでくださいって雰囲気を醸しながら帰るといい」
青年は言うだけ言うと、くるっと二人に背を向け、元来た曲がり角へと足を踏み出す――
「あ、あんた――!」
「ん?」
頑馬が思わず呼び止めると、青年は首だけで振り返った。
「何者……なんだ?」
「言ったろう、魔法少女――まあ、親切な魔法使いのお兄さん、という風に覚えておくといい。幼い子どもならそう認識して、大人になる頃には忘れてしまうよ」
そう言って、魔法使いのお兄さんは宵闇に紛れるように姿を消し、
「お兄さんってことは――結局、魔法"少女"じゃないのか!?」
「それは秘密、さ☆」
――二人はしばし呆然とその背中を探していたが、やがてどちらからともなく立ち上がり、帰路につこうと言い出した。
青年の忠告通りなるべく上を見ないように歩いていたが、時折すれ違うスーツ姿の大人の背に、あれの尾のようなものが垣間見えた。しかしそれも、今夜まで。見ないふりを続けよう。こういうのは、見てしまうとよくないことが起こる――なんとなく、二人はそう感じていた。
――魔法使いのお兄さんの見立ては、甘かった。
翌朝、頑馬の眼には奇妙なものが映っていた。
「み、見える……。お、おじさん、おばさん……!」
「? どした?」
両親に代わって頑馬の面倒を見ている養父母の頭上に、それが。
そして――登校する先々にも、それを頭に乗せた人々が。
「めちゃくちゃ見えるんですけど! 話が違うんじゃないですか、お兄さんー!?」
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