美少女戦士 -The try_underground-
人生
1部
1章 美少女戦士・黎明編 世界はまだ未明、しかしその芽は光を求めた
第1話 遭遇1
「魔法少女を見たんだよ! 本当だって!」
あれはある日の放課後、俺がなんとなく家に直帰するのが嫌で、何気なく適当な寄り道をしていた学校からの帰り道――
――それはたとえば、通い慣れた通学路。その曲がり角を折れた先――
不意に広がるのは、見知ったようで見知らぬ光景。同じような家屋が無限に並ぶ住宅街の中の一本道――しかしどの家も背を向けていて、玄関はない。入口も見当たらなければ、人の気配も感じられない。
それが異様だと肌では感じても、何がどう違っているのか、すぐには分からないだろう。
まず、その空間では音がしない。遠く、都心から聞こえる様々な喧噪も、近く、風に乗って耳に届くありふれたやりとりも――そよ風さえ吹かず、さながら時間が停止したかのような無音――
時刻は、逢魔ヶ時――人ならざるものと邂逅する、此の世ならざる時の入口。
ときに、そこに迷い込むものがいる。そして、怪異を目にするものがいる。
しかし、無事に道を抜ければ、なんてことはない。気のせいだったと常人はやがて忘却する――のだが……。
――それは、口実だった。
「ほんとなんだよ、なんか変な路地に出てさ……そしたら、いたわけ。空を飛んでる、女の子――魔法少女!」
「空飛んでるって、どんな風に? 屋根から屋根へと飛び移ってただけなんじゃないの? ……コスプレした女の人が」
「まあ、普通はそう思うよな。俺も最初はそう思ったさ。……コスプレして忍者みたいなことをしている人間についてはまあ、さておき――見ちまったんだから、この目を疑うか、正気を疑う他にない。そいつは屋根の上でジャンプして……そのまま、ちょっと滞空してたんだよ。浮かんでた。そして、なんかしてたんだ――」
「なんかって何さ」
「……分からん――たぶん、魔法だ」
「その後、慌てて魔法少女が見えた方に行ったけど――ごく普通の女の子とすれ違いはしたんだが、それが魔法少女である確信は得られなかった……見た目も全然違ったし」
「変身したら見た目って変わるでしょ。髪とかカラフルに」
「やっぱ、あの子だったのか――」
ともあれ――そんなこんなで頑馬は綾心を誘い、魔法少女を目撃した場所へ行こうと、放課後――
「いや、正直『どこ』ってのは分からないんだよなぁ。気付いたら、そこに――」
通学路から離れた、詳しくは知らない住宅街。その曲がり角を折れる――当然どこも見知った風景ではなく、あの日のあの場所かどうかも見当がつかない。
(むう……このまま無駄に時間が過ぎるのはいかがなものか)
魔法少女を見たのは事実だ。その正体も気にはなるが、さておき――それは、あくまで口実だ。そんな適当な理由を使って幼馴染みを連れ出したのには
『お前も気をつけろよ――クソ、あの下半身脳筋野郎め……』
先日、友人の
この街には、「下半身脳筋野郎」――もとい、『絶対皇帝』、『唯一イケメン』と呼ばれる――そのあだ名の通り、顔も良くて金持ちの〝ボンボン〟がいるのだ。
本当の名は、
そんな訳で嫌っているのは友部だけではない。頑馬の通う学校の男子ほぼ全員が竿留実継を敵視しているのではないだろうか。しかし悲しいかな、同時に、彼には勝てないことも理解している……。
『あいつ、おれがちょっと気になってた……ちょっとな? ほんのちょっと、こう、小指の爪の先の白い部分くらい――ああああ! とにかく可愛いなって思ってた子をこのあいだ〝お持ち帰り〟しやがったんだ! ……ちゃんと付き合うんなら、まあ? 相手の方が格上だしよぉ、年上だしよぉ、おれも諦めざるを得ないんだが――あんの野郎! この前見かけたら、また別の子と遊んでやがるんだよ! 前例に漏れず棄てられたの、とっかえひっかえなの!』
友部の目撃証言が、件のイケメンの全てを物語っているだろう。
『おれが思うに、あの野郎は〝ちょっと尖ってる〟子が好みなんだ……。だからよ、分かるだろ――』
――ちら、と。頑馬は少し後ろを歩く幼馴染みを振り返る。手にしたスマホに目を落とし、完全に歩きスマホ中である。ただ、片手で頑馬の制服の裾を掴んでいるからはぐれたり他人様に迷惑をかけることはないだろう――
葉食綾心は、尖っている。
尖りポイントとして一番分かりやすいのは、運動部でもないのにスカートの下にジャージのズボンを穿いているところだろう。髪は軽くウェーブしたショートと、髪型にこだわりはあるようだし身だしなみにも気を遣う女の子らしい面も多々あるが、彼女は――綾心は、〝女の子扱い〟されることを嫌う。
ごく最近、LGBTという言葉の意味を知ったばかりの頑馬だが、彼女はたぶんそういうあれなのだろうと考えている。はっきりそう断言はできないが、とにかく綾心はボーイッシュで、同年代の女子たちのように例のイケメンや男性アイドルなんかにわーきゃーしない。男に興味がないのかもしれないし、恋愛そのものに関心がないお年頃なのかもしれないが――ともあれ。
……分かるだろ、である。友部の言いたいことはつまり、綾心こそ、かのイケメン野郎が食いつきそうな〝女の子〟なのである。
そして――
(今日の昼、俺は見てしまった……)
なんか、声をかけられていた。
問題のイケメンモンスターに話しかけられていたのだ。
……友人の予言が的中した、かもしれない。
それで放課後、頑馬は無理を言ってリョウを引っ張ってきたのである。現在は制服の裾を引っ張られている状況だが、これはもしかするともう帰ろうという意思表示なのかもしれない。
……実際のところ、連れ出したとしてもそれはその場しのぎ、なんの解決にもならない。もう今日はしのいだし、だいぶ歩いた。頑馬としてはまだ疲れるには早いが、少し、歩きづらい――
「と」
綾心が立ち止まったため、引っ張られている頑馬も思わず足を止める。
「圏外になった」
と、綾心が不思議そうに口にし、スマホの画面をこちらに見せる。確かに、画面の隅にあるアンテナが消えている。ちなみに画面には、この界隈の地図が映っていた。綾心が顔を上げる。
「こういうこと?」
「……? どういうこと?」
「いや、あんたがさっき言ってた……〝謎空間〟。時間的にも〝逢魔ヶ時〟ってやつだし――」
「え――」
シン、としていた。
不思議なくらい周囲が静まり返っていた。
さっきまで何気なく耳にしていた、風に運ばれてきた住宅街に溢れる人の気配、生活の匂い、そうした諸々の一切が――シンと、消えている。
「え?」
周囲を見回す。見知らぬ住宅街――だが、何か異様だ。雰囲気もそうだが――塀が、ずっと続いている。電柱が等間隔に立っている。日の暮れかかった空が、まだ夕日の残りが照らしていた地面が、青い空気に包まれている。それは日暮れよりも、夜明けに近い色をした――
「あ!」
突然、綾心が声をあげ、どこか遠くを指さした。頑馬もつられて目を向ける――
――いた。
住宅地の屋根から屋根へと飛び移る――人工的な青。
それはマントのようだった。パーカーを羽織っているようにも見えるかもしれない。雲のような色をした、もこもこのフェイクファーのようなものが襟元を覆っている。フードもついていたが、長い白髪を惜しげもなく中空に泳がせていた。
美少女だ、あれは間違いない、魔法少女だ! ――スカートをたなびかせ、通りの向こうへ飛び降りる。
「行こう!」
思わず、走り出していた。綾心の手を取って、とにかく足を動かした。向こう側の通りへ出られる曲がり角を探して――どこまでも塀が続く。通りの両端に家屋が並んでいるにもかかわらず、どこの家の玄関も見えない。同じような景色が延々と続く中――
不意に、飛び出してきた。
「わ!?」
頑馬は角から現れた人物とぶつかり、弾かれ、尻餅をついた。手を掴んでいた綾心も巻き添えを喰らって地面に腰を落とす。
長い影が――角の向こう側から差す夕日によって、人影が伸びている。それを見て、ついさっきまで日差しの方向さえ不明だったこと、自分たちの足元に影がなかったことに頑馬は気付く。気のせい、かもしれないが。
「おや、大丈夫かい?」
現れたのは、長身の男性だった。それはそれは、爽やかな印象を受けるイケメンだった。まるで入学式当日の朝に寝坊し慌てて学校への道を急いでいるとパンを咥えた女の子と激突する……そんなシチュエーションだったのだが、現れたのはただのイケメンであった。
白い短髪に、青い瞳。穏やかな表情で微笑みを浮かべている。ラフな雰囲気のシャツにジーンズ――ごく普通の、イケメンだ。しかし悔しいかな、やっぱり例のイケメン魔王には今一つ及ばないと感じてしまう。
「ま、魔法少女!」
すみません、と言うつもりが、頑馬の口をついたのはその一言。青年があからさまに動揺する。ヤバいヤツだと思われたかもしれないと、頑馬はあたふた。それでも、
「あ、すみません――魔法少女、見ませんでした?」
「……頑馬……」
常識人である綾心が肩をつつくが、頑馬はなぜか譲れなかった。
「今、あっちから来ましたよね? 魔法少女……なんかこう、ドレスっていうか、パーカー? みたいなの着てる女の子……」
一瞬だけ見えたその容姿を必死に思い出そうとする。ふと気を抜くと消えてしまいそうな、儚いイメージ。なぜ自分がこうもそれにこだわるのか――今はまだ、自分の中に芽生えた感情の正体、思考の理由を整理することが出来なかった。
とにかく、問いかける。
「見ませんでした?」
「見て、な――……な――なぁっ!?」
「?」
見てない。そう言うだけなのに、なぜか口をもぐもぐさせる好青年。まるで意に反する暴言を吐くよう強制されているかのように、あるいは心底嫌いな食べ物を無理やり口の中に押し込まれているかのような――イケメンが崩れるほどに凄まじいそんな形相をしたかと思うと――ふっと、力を抜く。あとには、いぶかしげな眼差し。
「……〝ケモノのサガ〟、だと? いや、そんなはず――」
何か、困惑したように視線を泳がせる。頑馬を見て、綾心を見て――その視線は二人の顔というより頭上、頭頂部の当たりに触れてから――そして、ため息。
降参、というように両手を上げるジェスチャー。やはりその見た目通り外国系のイケメンなのだろうか。
「なぜだろう、今日の僕はとてつもなく正直者らしい」
「?」
不思議なことを言う。こいつはきっととんでもない嘘つきなのかもしれない。
「見たよ。魔法少女――たぶん、君が言ってるものだ」
「え? ほ、ほんとっすか……?」
逆にこっちがいぶかしんでしまう。
「あぁ、あれは――僕だ」
……は?
頑馬は思わず、綾心と顔を見合わせた。
青年はこれみよがしに腕組みしながらもう一度、頑馬と綾心の顔を見て、その視線を二人の全身へと走らせた。
「どうやら君たちは何か、大きなものを持ってるらしい。……大きいか? 微妙だが」
「え、なんすか。……セクハラ?」
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