⑥
【FBI本部 Noah's ark】
ノアがすっと立ち上がり、ルーカスを見つめる。どこかそわそわしていた。
「そろそろだね」
ルーカスがそう言うとノアは明るい笑顔になり、バックから自分の財布を取り出した。すると、部屋にかけてある時計からクラシック音楽が流れてくる。
「ノア、今日は何を食べるんだい?」
「ピザです」
「ノアはいつも変わらないね。今日は他のにしたらどうだい?」
「ダメですよ。僕はピザだと決まってますから」
ルーカスはノアを連れて、FBI本部の近くにある店へと向かう。
いつもの席に座り、ピザを注文する。それが毎日の日課だ。
「ルーカス、これすごくおいしいですよ。一枚食べますか?」
「今日は良いよ。でも、ノアがこの魚を食べてくれるなら、私もピザをもらおうかな……?」
「……やっぱりあげません。魚は嫌です。目が怖いですから」
ノアはピザにかぶりつく。綺麗好きのノアがソースを口周りに付けても平気なのは少し引っ掛かるが、彼の嬉しそうな顔を見ていると、そんなことなどどうでもいいと思ってしまうのだ。この子の笑顔には不思議な力がある。ルーカスはいつもそう感じていた。
「相変わらずピザが好きだね~この子は。何でいつも同じなんだい?」
ぽっちゃりとした店員の女性がそう聞いてくる。ノアに聞いたのだろうが、食べるのに集中していて、返事は返ってこない。
「ノアはピザが好きなんですよ。いつも同じじゃないと、安心できないみたいで」
「それにしても、いつも同じじゃないか。同じピザでも他のはダメなの?」
「昼はサラダとマルゲリータピザ、食後は甘いコーヒー、それがノアの昼食なんです」
「そんなものかい……?体が悪くなりそうだけどね。それにしても毎日同じとは、すごいこだわりだね……」
女性はピザを口いっぱいに頬張るノアを見て、あっけに取られていた。ルーカスはそんなことなど気にせず、食事を続ける。
「あ~お腹いっぱいです。ルーカス、コーヒー飲み終わったら帰りますか?」
「そうだね。飲み終わったら帰ろう」
ノアはコーヒーを飲み干し、財布からお金を出す。そして、レジで会計を済ませると、外へ出た。ルーカスも慌てて後を追う。
店を出て歩き始める。本部へと戻り、自室へ入っていくノア。部屋へ入ったとき、ルーカスの胸にある携帯が鳴った。
「もしもし、アンダーソンです」
『アンダーソン、ちょっとこっちへ来れるか?ノアも一緒に頼む』
「分かりました。すぐ行きます」
電話を切り、ノアに声を掛ける。
「ノア、今電話があった。長官からだ。急ぎの用事みたいで、行かなくてはならない。長官はノアも一緒に来てほしいと言ってる。一緒に行こうか」
「……僕もですか?どうしても?」
「う~ん……どうしても……だね。もしかしたら日本へ行く件かもしれないね」
「……ルーカスが一緒なら……」
ノアがそう言ったのを聞いて、ルーカスはノアの手を引いた。エレベーターに乗り込み、七階へと上がっていく。
「失礼します」
ノックをし、扉を開けた。目の前には少しだけ難しい顔をして座っているアルフレッドがいる。
「よく来たね。二人ともそこへ座ってくれ。早速だが本題に入るよ……呼んだのは日本へ行く件だ。資料を作ってある。それを二人にも渡すから、よく読んでおいてくれ。ノア、良いね?」
「読みます……」
「うん、頼むよ。それで、君たちを日本へ行かせる前に、捜査官二名を先に行かせてある。コールウェルとバートの二人だ。彼らなら少しの日本語を話せるし、ノアとの相性も良いだろう。それに、ノアのことを理解しているからね。彼らが日本へ着いたら私に連絡が来る。その連絡が来たら、二人も向かってくれ。恐らく、今日の夕方には連絡が来るだろうから、二人も用意をしておいてくれると助かるよ」
「分かりました。お心遣い感謝します。ノア、良かったね」
「……良いのか分からない」
アルフレッドは声をあげて笑うと、ノアにクッキーを渡した。
「ノア、フライト時間は長いからね。これはクッキーだ。チョコレートとバニラ、ピーナッツの三種類が入ってる。飛行機の中で食べると良い」
「チョコレートにバニラにピーナッツ…あ、これ全部僕が好きなものです。ありがとうございます、長官」
クッキーをもらったノアは、子供のように喜んだ。クッキーに気を取られているうちにと、アルフレッドはルーカスに本題を伝えた。そして一言付け加えると、彼の方に手を置く。この何でもない一連の動作が、アルフレッドの気持ちを体現していた。
「日本での捜査だから大変なこともあるだろう。でも、よろしく頼んだよ」
「もちろんです。お任せください」
二人はアルフレッドに一礼すると部屋を出る。クッキー片手に喜ぶノアとは裏腹に、ルーカスには少しの迷いがあった。
「ルーカス、長官がクッキーをくれました。三種類もあるそうですよ」
「良かったね、ノア。それは飛行機の中で食べよう。私たちは部屋に戻ったら荷物をまとめる。良いね?」
「はい!」
何も気にしていないのか、ノアはどんどん自室へ歩いていく。日本での捜査対する不安と、ノアの特性上の不安。いつもの凛々しい彼の表情は珍しく曇っていた。
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