【警視庁 捜査一課】

 被害者・村野将司の身辺、職場等の調査を終えた郷田班は捜査一課に戻ってきた。

「お疲れ。疲れてるとこ悪いが、捜査報告を頼む」

 部屋に入るなり、馬場に呼ばれた。

 彼に付いていくと馬場の自室へと通された。

「それで……どうだった?」

「私と森田は鑑取り、地取りは斎藤と村上に。村上、斎藤、報告を頼む」

 斎藤と村上は手帳を開き、捜査報告をした。

「マル害・村野将司の職場を調査しました。アルバイトとして勤務していたのは、ビデオのレンタルショップ、ガソリンスタンド、コンビニの三件です。レンタルショップで話を聞いたところ、勤務態度はあまり良くなく、真面目なのも初めだけで、あとはおざなりだったと。それに他の二件も同様で、無断欠勤や勤務中に持ち場を離れるなど、扱いに困っていたとのことです」

「勤務するも辞職の繰り返しで、レンタルショップは四か月、ガソリンスタンドは二か月、コンビニは五か月で辞職していたそうです。その後は自宅に籠りっきりだったと」

 馬場は小さく唸り、郷田と森田に捜査報告をするよう目で合図する。

「私と警部はマル害が刑務所へ入る前に住んでいたアパートへ話を聞きに行きました。アパート内の住人と特に関わりは無く、たとえ会っても軽く挨拶したり、会釈したりという程度。大家が一度マル害を見かけた時には、怪我して帰ってきて手が血だらけだったそうです。マル害に声を掛けたが“俺じゃない”と言っていたとか。マル害の様子は酷く疲れているような感じを見受けられたと」

「その、怪我って言うのはいつ頃だ?」

「十年も前の話だと言ってましたので、恐らく服役の前……友人との口論の際かもしれません。その後は何度かはアパート内で見かけたが、そのうちアパートも解約し、見かけなくなったと言ってましたので、怪我したマル害を見たのは服役前で間違いないかと」

 四人はそれぞれの捜査報告を行った。

 そこで明らかになったこと。それは、被害者・村野を殺害する動機がある者がいると言うことだった。それも三人も。

 馬場に指示され、郷田たち四人はその三人の事情聴取を行うことにした。一人ずつ連絡し、警視庁へ来てもらう。二人は都内、もう一人は埼玉からだった。女性警官に連れられ、郷田たちの元へ一人現れた。

 男性だ。第一印象は誠実な男性、今まで殺害などと言う言葉とは無縁の人間、そう感じた。

「ご足労いただき、ありがとうございます。今日は五月の割には暑いですからね……。もし良ければお水どうぞ」

 郷田は自ら男性を取り調べ室へと案内し、コップ一杯の水を差しだした。

 部屋は七帖ほどで中央には机、それを挟むようにイスが二つ。そして取り調べ相手の顔が見えるように設置されている、マジックミラー。取調室内からは鏡の奥にいる人間が見えないと言った優れものだ。そして部屋の隅には取り調べの内容を記録するための記録台とパソコンが置かれている。一見、殺風景に思うが、この部屋には大きな窓が付いている。格子は付いているが、閉ざされた部屋に比べると少しはマシだろう。

「刑事さん、私をここへ呼んだのは何かの取り調べですか?」

 男性は郷田にそう聞いた。

「いえいえ、取り調べではなく、お話を聞かせていただきたくて。ご協力お願い致します」

 郷田がそう頭を下げると、男性は「はあ……」と頷いた。

「まず、お名前と職業を聞いても良いですか?」

「あ、私は鈴木敏夫と申します。仕事は建築を……」

「鈴木敏夫さん、私は郷田です。少しお時間頂戴します。実は、ある事件が起こりまして。この方なんですがご存知ですか?」

 郷田はそう言って、村田の生前の写真を見せた。すると、鈴木は写真を凝視した。そして、何事も無かったかのように視線を外す。その瞬間を室内の郷田と森田、鏡の裏の斎藤、村上たちは見逃さなかった。

「……いえ、知りません」

「鈴木さん、知らないと言うことは無いと思いますよ?彼は、あなたの息子さんの友人でしょう?」

 そう。今、話を聞いている男性はかつて村野が暴行死させた友人の父親だ。

「あ……そ、そうですか。もう年かな……最近記憶がどうも……日付や曜日ですら怪しいですから……」

「もしかしたら緊張されているのかもしれませんね。こんなところでお話を聞かせて頂いてますから。この男性、名前を村野将司と言います。もしかしたらお会いになったことがあると思いますが、記憶にないと言うことでよろしいですか?」

「は、はい……記憶にはありません。息子の友人のことはあまり……知らないもんで。妻なら分かったんでしょうけど、もう妻もいないもんですから」

 郷田は「そうですか、分かりました」と返事をすると、質問を再開する。

「鈴木さん、息子さんがお亡くなりになられたとき、犯人とは会いました?」

「ええ。会いました」

「顔は覚えてますか?」

「もちろんです。息子を殺したあいつの顔を忘れたことなんて、一度もありませんよ」

「もし、その犯人が今現れたとすれば、どうしますか?」

「……殺してやりたい。私がこの手で……息子の仇を……。でも、そんなことできないんですよ。私にはそんな度胸はありませんから……」

 鈴木は俯き、涙声で言った。

「鈴木さん、失礼ですが……村野さんが亡くなった五月八日、どこにいましたか?」

「八日……あ、水曜日の夜中ですよね……その時間は寝てました」

「……そうですよね。分かりました」

 郷田はいくつか質問をした後、鈴木を帰らせた。警官に連れられ、エレベーターに乗り込むのを確認すると、鏡の裏へと歩いていく。

「あ、警部。お疲れ様です」

 村上が郷田に会釈した。

「ああ。森田、彼を第一容疑者に捜査をするぞ。だが、まだ疑いの段階だ。誰にも知られるな。それと、残りの二人の取り調べは斎藤と村上でやってくれ。俺は森田と一緒に調べることがある」

「警部、こいつと取り調べですか……?」

「こいつって何ですか……。僕だって取り調べくらいできますよ」 

「お前たちは本当に仲がいいな。うん、頼むな」

 郷田はそう言って斎藤に後を任せ、森田と共にどこかへ行ってしまった。残された斎藤は村上の顔を見て、大きなため息をつく。心配なのだ。しかし村上は、斎藤のため息の意味など知らず、“取り調べ”と言う言葉に胸を躍らせていた。


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