斎藤と村上ペアは村野がアルバイト勤務していた職場へ来ていた。

「ここですね、レンタルショップ。斎藤さん、行きましょう!」

 やけに張り切っている村上を見て、斎藤は嫌な感じを覚える。

「あの~警察ですが、少しお話を聞かせていただいても?」

「え、あ、あの……何かあったんですか……?」

「以前、こちらでアルバイト勤務をしていた、村野将司さんをご存知ですか?」

「あ、店長呼んできますので少しお待ちください」

 女性従業員はそう言うと、カウンターの奥へと入っていく。数分してメガネを掛けた男性が出てきた。

「お待たせしました。店長の宮田です。それで……お話と言うのは?」

「以前こちらでアルバイト勤務をしていた男性の、村野将司さんについてお話を聞かせていただきたいのですが……」

「村野……ああ、あの人か。彼に何かあったんですか?」

「ここではちょっと……」

 男性はため息をつきながらも、二人をカウンターの奥へと案内した。

「それで……彼の何を聞きたいんですか?」

「実は、彼はお亡くなりになりまして……それで、彼の生前の行動を調査しています」

「え、どうして……」

「それは今、捜査中です。それで、彼の仕事時や普段の様子、人間関係など教えていただきたくて」

 男性は背筋を伸ばして座り、ゆっくりと話し始めた。

「村野さんは、仕事自体はまじめで覚えるのも早かったです。こっちの意図もちゃんと理解してくれました。ですが、いまいちやる気がないというか……仕事中もボーっとしていることが多いというか……」

「なるほど……。それで彼は主に何の仕事を?」

「それは他のスタッフ同様、全般をお願いしてましたよ。けど何をお願いしても、まじめなのは最初だけです。慣れてくると、どれもおざなりになってしまって。たった四か月で辞めましたよ」

「彼は、自分から辞めたんですか?」

「ええ。普通に“もう辞めたいから、明日から来ません”って。今時、三〇歳にもなって、非常識なとは思いましたけど……まあ、彼の場合……ね。そこは私が折れました」

「彼の場合……何ですか?」

 言葉を濁した店長を見て、斎藤はさらに聞いていく。

 宮田が言葉を濁したのは“彼は刑務所に入っていたんでしょう?だから非常識なのも仕方ない”そう言うことだった。

 二人は話を聞き終えると、次の職場であるガソリンスタンドへ向かう。


【アメリカ FBI本部】

 ノアは自分のデスクの上を目一杯に散らかし、ぶつぶつと独り言を言っていた。

 彼の独り言、それはドイツ語だった。彼がドイツ語を話しているのに気づき、ルーカスはノアを見る。クッキーを持っていたはずの左手は、今は左耳へとやられていた。かなり集中している……それにしても考え事をしている際にドイツ語なんて、本当に変わったやつだ。彼はそっとノアの横に近づいた。


“死の天使”“レイラ・アリソン”“アリー・オットー”“カリウム”


 ノアの手元にある紙には、これらの文字が並んでいた。ルーカスにはさっぱり分からない。このメモが一体何を意味して、どう解決に繋がるのか見当も付かなかった。

 ノアがまたドイツ語を話す。

 さっきと同じ言葉か…。彼の言葉を聞く。ルーカスの頭の中では自動翻訳されていた。“僕が思うに、怪しいのはこの二人の看護師なんだ。きっと何か理由があって手を組んだに違いない”と、彼は言っていた。ノアはどうやら資料にある二人の看護師を怪しんでいる。犯人だと仮定しているのか、断定しているのか。ノアの頭の中は凡人には理解できない。ルーカスは軽く微笑み、元の位置に戻った。

「犯人を見つけるのも時間の問題かな……」

 ルーカスはそう呟く。

「ルーカス、僕……犯人分かりました。これ、意外に簡単ですよ……」

 静かな部屋にノアの声が反響する。彼が資料を見てから、三時間半。犯人が分かったと響いた。

「ノア、それは本当かい?」

「はい。これ、警察も解決の前まで行ってます。でもあと少しのところで断定には至らなかった。犯人と凶器、それから手口が分かりました。でもどうしますか?動機までは分からないし、僕に動機は理解できません」

「ノア、そのことをトンプソン部長に話そう。話せるかい?」

「……嫌だけどルーカスがいれば……」

 ルーカスは受話器を手に取り、本部長であるブロディ・トンプソンに電話を掛けた。五分待ってくれ、五分で君たちのところへ行く。それがトンプソンの返事だった。

「……五分経ちました。ルーカス、彼はまだですか?」

 腕時計に目を落とす。トンプソンが五分で行くと言ってから、すでに五分過ぎている。正確に言えば、八分だ。恐らく誰かに捉まったのだろうが、そんなことノアには通じない。なのだ。

 そして一〇分経過。扉がノックされた。

「失礼するよ。二人とも待たせて悪いね。部屋を出た瞬間、サンフォード副長官に捉まってね。それで、解決したとは?」

 トンプソンはそう言ってノアを見るが、ノアは視線を逸らした。すかさず、ルーカスがフォローに入る。

「例のコールドケース、州立病院殺人事件ですがどうやら犯人、凶器、手口が分かったようで、ノアが解決した……と」

「なんと!コールドケースが解決した!?それは本当かね!?」

「ええ……ノア、説明してくれるか?」

 ノアはそう言われ、渋々トンプソンの方へ視線を向ける。

「犯人は“死の天使”凶器はカリウム、静注……終わり」

 素っ気ない、要点だけの説明。もちろんそれで分かるはずもなく、トンプソンは頭を掻く。

「ノア、もう少し説明してもらえないか?順を追って説明を頼む。まず、事件の概要から説明をしてほしい」

 彼は手元にあったクッキーを口に運び、そっぽを向く。仕方なく、ルーカスが説明を始めた。

「本部長、代わりに私が説明します。アメリカ・テキサス州にある州立病院で、患者四〇人が立て続けに死亡するという事件がありました。死亡した患者の半数は老人、残り半数は死の境をさまよっていたもので、偶然だろうと判断されました。しかし、一人の患者の死が捜査の展開を大きく変えました。六三歳の女性が心臓麻痺で亡くなった。しかし、彼女は心臓が悪かったわけでもなく、あと数日で退院の予定だった。女性の死を不審に思った家族は、警察に届け出る。そして、捜査が再開。しかし、いくら捜査しても何の手掛かりも無く、女性は突然死で片付けられた。その際に、重要参考人として看護師二名が事情聴取を受けていますが、証拠は無く、捜査は打ち切り。コールドケースとなりました」

「なるほど……で、その二名とは?」

 ルーカスはノアの机にあった資料を手に取り、トンプソンに説明する。

「一人目がレイラ・アリソン、二九歳。看護師になって四年目です。事件当日は病棟の担当でした。もちろん、亡くなった方とも接触しています。そのため、重要参考人として事情聴取を行っていますが、証拠がなく犯人断定には至りませんでした。また、患者からの信頼も厚く“彼女がそんなことをするわけがない”と医師の証言もありました。そして、二人目がアリー・オットー、四二歳。ベテランの看護師です。部下からの信頼はもちろん、医師からも“彼女が付いていれば安心だ”と言われる程です。彼女は事件当日、外来の担当でした。一時は捜査の目から外れましたが、彼女の行動に不審な点があり、事情聴取を行いました」

「不審な点とは?」

「薬品庫に行ってました。しかし、彼女は“医師に言われた薬品を取りに行っただけ”と主張しています。ですが監視カメラに映る彼女の姿が不審で、薬品庫の在庫を確認しましたが、在庫と使用数が一致。彼女は捜査から省かれました。ですが、誰一人として彼女に薬品を取りに行くよう、指示していないんです」

「なるほど……。それで、コールドケースか……」

 ルーカスが説明しているのを、ノアは黙って聞いていた。

 いや、耳に入っていると言ったほうが正しいかもしれない。彼の視線は窓の外にあった。雲の流れを目で追っている。話を聞いているようには思えないが、彼の耳は全ての会話が入っていた。

「ノア、死の天使について説明してくれないか?」

 トンプソンにそう言われ、ノアはソファーに座る。

「“Angel of Death”意味は死を司る天使。または、人を殺す看護師のことです」

「では、その死の天使がレイラ・アリソン、アリー・オットーの二人なのか?」

「はい」

「では次だ。君はさっきカリウムと言ったね。それは何だ?あ、分かりやすく説明をしてくれると有難い」

「カリウムは人間の体にも存在しているものです。心臓の筋肉はナトリウムで縮み、カリウムで緩む性質があります。そのため、大量のカリウムが体内に入るとバランスが崩れ、心臓の筋肉が痙攣を起こし、不整脈を起こす。その結果死にます。死の天使はカリウムを使ったんです」

 トンプソンは深く頷いていた。

「動機は……何だろうか?」

「知らない。僕に動機は分かりません。終わりです……その二人捕まえるんでしょ?」

「そうだね。一度、うちに来てもらって話を聞く。今、ノアが言ったことが本当かどうか、確かめる。それで、一致したら二人を逮捕する」

 ノアはどこか悲しげな顔でトンプソンを見つめた。

「…僕のせいで逮捕するの?」

「……ノアは悪くない。良いことをしたんだよ。ずっと、家族が亡くなった原因が分からなくて苦しんだ人たちがいる。君はその力になったんだ」

 トンプソンはそう言って、部屋を出て行った。ノアはソファーの上で小さく丸まり、虚空を見ている。しばらくそっとしておこう。どうせあと数分で昼食だ。ルーカスは自分とノアの分のコーヒーを淹れた。自分はブラック。ノアにはいつも通りのミルクと砂糖二つの甘いコーヒーを―――。




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