第一章 ①

 日本は相変わらず忙しい国だ。

 朝からまるで蟻のように働く人。

 警視庁がある桜田門駅には、いつも大勢の人が行き交っている。誰も皆、せわしなく歩く。その中に、見た目からして刑事だと分かる男性がいた。彼は迷わず目の前にそびえたつ建物の中へと入っていく。

「おはようございます、警部」

「おはよう」

 警部と呼ばれた彼は短く挨拶を済ませ、目の前の扉を開けた。プレートには〈刑事部捜査一課〉と書かれている。捜査一課では殺人や強盗、暴行、傷害のほか、誘拐、立てこもり、性犯罪、放火などと言った凶悪犯罪を担当している。

 その捜査一課に所属する、現場一筋たたき上げの刑事が警部と呼ばれる彼、郷田義信ごうだよしのぶだ。

「郷田、ちょっと良いか?」

 管理官である馬場稔ばばみのるに呼ばれた郷田はバッグを机に置くと、駆け寄っていった。

「最近立て続けに起こってる事件あるだろ……」

「パーフェクト・クライムの……ですか?」

「そうだ。それが、警視庁管内で起こった。所轄も併せて合同捜査となる。班のやつ連れて、会議室に行ってくれ。俺も後で行く」 

「分かりました。ではすぐ行きます。会議は何時から……」

 最近、関東周辺で起きている事件。今までは東京を除く関東周辺で起きていた事件が、ついに東京の、しかも警視庁管内で起こった。馬場は力んでいた。それもそのはず。警視庁に帳場が立つなど異例だからだ。ちなみに帳場とは、各警察署に立つ捜査本部のことを指す。

「係長、事件ですか?」

「救世主事件が管内で起こった。所轄と合同らしい。九時から捜査会議だ。すぐ会議室行くぞ」

 郷田は自分の部下である、森田暁斗もりたあきと斎藤祥太さいとうしょうた村上竜太郎むらかみりゅうたろうの三人を連れて会議室へと急いだ。

 会議室にはざっと二〇人ほどの捜査員たちが所狭しと座っている。各所轄の刑事だろうか、明らかに警視庁の刑事ではない雰囲気を身に纏っていた。

「進行は、私、馬場が務めさせていただきます。それでは第一回捜査会議始めます。号令!」

 最前列中央にいる郷田が号令を掛ける。すると、何十人もの捜査員たちが一斉に従う。圧巻の景色だった。馬場に指示され、所轄の刑事が事件概要の説明を始めた。

「事件概要から説明します。一か月前の四月一〇から、今月の五月一日までの二二日間で四件の事件が起こりました。いずれも手口は異なり、今のところ決まった共通点はありません。しかし、被害者となった四人は窃盗、詐欺、わいせつと前科のある者ばかりでした。今、詳細を配ります」

「え~また、先日の五月八日、東京にて起こった新たなPC事件。その被害者は傷害致死罪で懲役をくらっています。名前は村野将司むらのまさし、三〇歳男性、二〇歳の時に友人の男性と口論になり、暴行死させています。懲役は一〇年、出所後仕事に就くも、働く意欲がなく辞めるの繰り返しでした。また、現場の状態から自殺だと判断されましたが、遺体解剖時に口内よりカードが発見。そのカードには他の四人同様、〈Perfect・Crime〉と記載されていました。そして、今回の事件もPC事件だと判断された。以上です」


 Perfect・Crime、通称・救世主事件。またはセイヴァー事件と呼ばれることもある。それは数人で一つのグループ的犯行だと警察は見ていた。犯人は被害者を殺害後、被害者の持ち物やズボンのポケットなど、よく見てみなければ分からないような場所にカードを残している。そしてそのカードには〈Perfect・Crime〉と書かれていた。直訳すると、完全犯罪。そして、被害者は全員が前科を持っている。懲役になった者、示談になった者さまざまだった。

 メディアにより、この事件が報道されると国民は「救世主だ」と持て囃した。メディアは「悪人が裁かれた」と報道し、連日に渡り各々の推理や憶測を報道していた。

 この事件、国民は「救世主事件」やそれを英語にした「セイヴァー事件」と呼んだ。


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