Chapter3 収束・放出・制御 (2)

 私が初めて挑戦した闘技場のランクは、賞金の出ないランクQ。

 スパークとエーテルの魔術を習得した後に出場したのが、1000ジル程のわずかな賞金の出る闘技場ランクP。

 ランクが上がるたびにアルファベットが若くなる。


 現状で私が使える『バースト』『スパーク』『エーテル』の3つの魔法を反復使用することで、ノムに教わった『収束』『放出』『制御』の3能力を向上させる。

 この目的を心に刻み、私は闘技場ランクPに再エントリーした。

 相手のモンスターは最低ランクのランクQとほぼ同じ。

 3戦目で戦ったゼリー状のモンスターの色がオレンジ色であった程度の違いだ。

 槍と魔法を使い分ける戦い方に慣れてきた私は、苦戦することなく勝ち進んだ。


 勢いに乗り、次の日には、次のランク『Oオー』にエントリーする。

 青色とオレンジ色のゼリー状モンスター、&、やる気のない顔をした巨大なモグラのモンスターをあっさりと撃破。

 そして、ラスト。

 ランクQ、Pでも相手にしたエーテルゴーレムが登場。

 外面は同じだが、前ランクと比べると、動きが数段機敏になっていた。

 ゴーレム製造に使われている素材がいいのかしら。


 などと簡単な考察を行ったのち。


 戦闘開始。

 その瞬間、私は装備武器の槍を場外に投げ捨てる。

 邪魔。

 突撃してくるゴーレムを持ち前の敏捷性でもって対処しつつ、エーテル、バーストの魔法を続けざまに浴びせる。

 最後にスパークの魔法を直撃させると、ゴーレムは動かなくなった。


 エーテル、バースト、スパークの魔術は完璧にマスター。

 戦いにも魔術にも、それなりに自信が付いてきた。


 使うほどに、その魔術の個性がわかってくる。

 エーテルの魔術が一番射程が長い。

 他の2つに比べると攻撃力が低いが、敵が近づいてくる前に先制攻撃できる利点は計り知れない。

 スパークは消費魔力量が大きいが、その分攻撃力が高く、初撃で使うと一気に相手の体力を削れる。

 射程は若干短め。

 バーストはその中間といったところか。


 さて。

 『収束』『放出』『制御』の3能力も、もう十分に成長していることだろう。

 などと、明確な根拠もなく確信する。

 受付で賞金の1500ジルを受け取り、私はノムの待つ宿に向かった。






*****






「うーん」


 お宝でも鑑定するかのように、ノムが私を舐め回すように観察する。

 鑑定やいかに。


「そこそこ強くなったみたいだね」


 合格の査定結果をいただいた。

 ただ、よくわからない。

 魔術をノムの前で使って見せて、威力や放出距離、発動速度なんかを確認されるのかと思っていた。

 見ただけでわかるの?

 適当なこと言ってない?

 が、いろいろいちゃもんを言って合格取り消しになるのも嫌なので、気にしないことにする。


「たくさん魔法使ったし。

 強くなった実感はあまりないけど」


 多少なり強くはなったとは思うが、ノム先生と比較すると、その成長量は誤差レベル。

 強くなったと言ってよいのか。


「じゃあ、チェックする」


「チェック?」


「どれぐらい強くなったかチェックする」


「どうやって?」


 先の私の考察の通り、魔術の実技試験が始まるのかしら。

 なんか緊張する。


「来ればわかる」


 そう言って宿を出る先生。

 そこはかとなく嫌な予感。

 が、しかし、追従するしか選択肢はないようです。






*****






 街外れの草原。

 先日、エーテルの魔法を習得したときと同じ場所で。

 先導していたノムが振り返り、私も立ち止まる。


 その後、しばらく無言。


 何?


 たっぷり間を取って、その後、ノムが杖の先端を私の顔に向けてきた。

 一瞬、思考停止。

 その直後、体のいろいろな部分から脂汗がにじんでくる。


「私が相手する」


 ノムが臨戦態勢です!

 やられた!

 殺られる!


「殺すつもりじゃないよね!」


 最低限の確認。

 その他数点聞きたいことはあったが、その前にノムが回答する。


「もちろん手加減する。

 じゃあスタート」


「っていきなり?!」


 問答無用とはこのこと。

 脳内整理と覚悟の暇なく、昇級死験が始まった。





*****




 私達2人の間に涼やかな風が吹き抜ける。

 『もしかしてノムが発動した風の魔法では』という考えが一瞬反射的に浮かび、戦慄せんりつを覚える。

 闘技場初日を超える、圧倒的恐怖。

 

 ノムは1歩も動かない。

 『先に魔法を使え』という、無言の圧力。

 時間経過のみで、精神的にり減る。

 

 ・・・。


 どうせなら。

 彼女の驚く姿を見てみたい。

 そんな。

 命知らずの戯言たわごとが。

 頭の中をかけ巡り。

 私は。


 私は!

 ノムに向かって走り出す。

 槍を両手で扱う。

 左手は添えるだけ。

 右手に力を込める。

 

 槍は囮。

 一定距離まで近づいたところで槍をノムに向かって投げ、彼女がひるんだ隙に一気に間合いを詰め、回避困難な近距離でスパークの魔法を直撃させる。

 以上の作戦を脳内で復唱しながら、青髪魔術師との距離を縮め。


 射出位置!


 右手を引き、槍を投げる体勢に・・・




<<ドーーーーーーーーーン!>>




 入ろうとした私の体は、進んできた方向と逆方向に吹っ飛んだ。

 耳をつんざく爆発音と、雲1つない青く澄み渡った空を知覚する。

 それ以外の情報を取得できないまま、私は意識を失った。






*****



 



「どこが手加減したんだよ!

 私、瞬殺されたし!!」


 夕日に照らされた草原に、私の怒号が響き渡る。

 意識を取り戻した私は、いまだ本調子ではない脳をフル稼働して情報整理を行い、『ノムが手加減しなかった』という結論に達した。

 いくらなんでもあんまりだ。

 

「手加減しなかったら死んでる」


 手加減の有無の問題ではなく、手加減の定義の問題だ。

 手加減すりゃいいってもんじゃない。

 教え子を爆発魔法でぶっ飛ばす先生とか、倫理上大丈夫なの?

 

 それにしても、たった1撃で終わらされてしまった。

 こちらは魔法の1発も発動できなかった。

 さすがにこれでは・・・


「で、チェックの結果は、まあダメだったと」


「いや、合格。

 ちゃんと強くなってる」


「なんでだよ!!

 わたし、ほぼ何もしてないじゃんか!」


 意味不明。

 理解不能。

 ノムは私の何を確認して合格と言っているのか?

 半殺しにされたのだから、説明くらいして欲しい。


「大丈夫、なんとなくわかる。

 それに楽しかったし」


「『それに楽しかったし。弱者をねじ伏せるのが』

 って聞こえたけど」


 もしかしてノムって、嗜虐的なアレなの?

 趣味なの?

 もしくは、ストレスたまってるの?

 私が言うこと聞かないから?

 明日から、もう少し頑張ろう。

 死にたくないし。

 

 ノムが街の方角に体を向ける。

 どうやら試験はこれで終わりのようだ。

 1歩2歩歩いたかと思うと、ノムがこちらを振り向いた。


「明日からは次のステップ。

 次は、今回よりもさらに重要な内容だから。

 楽しみにしてて」


 私をおいて帰路につくノム。

 橙色の哀愁。

 草原に尻を吸われた状態で、その背中が小さくなっていくのを見つめる。


「わたし、ステップごとに半殺しにされるのかな?」


 いつも無表情な少女の浮かべる微笑びしょうにいやらしい何かを感じ、私はそうつぶやいた。

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