Chapter2 魔力とエーテル (3)

 夕刻。

 山並みに掛かった太陽は赤く、雲が燃えて。

 とばりが降りつつ、上空は深い青。

 赤から青のグラデーション、めっちゃ好き。


 が、しかし、ここまで。

 エーテルの魔法が発動される感覚は皆無。

 空の赤は哀愁、青は憐憫。

 天を仰ぎ、現実逃避。

 嗚呼。

 帰りたい。


 魔術発動が失敗するたび、私は『暗くなる前に帰ろう』と提案する。

 が、『まだ大丈夫』と、はぐらかすノム先生。


 その後、いよいよ辺りが暗くなる。

 遠くに見える街の明かりだけが頼りなく私達を照らす。


 もう、いいでしょ。

 私は『暗くなったし帰ろう』と提案する。


 もし、ここでも、『まだ大丈夫』と応答されたならば、大丈夫である、その理由を問いただそう。

 魔術発動の動作も暗くて確認をとりづらく。

 何より、夜はモンスターの活動が活発になる。

 最悪、不死系モンスターに襲われるかもしれない。

 論理完成。

 私は、『もう退かない』という強い意志を持ちノムを見つめる。

 

「グロウライトの魔法を使う」


 そうつぶやくと、先生が掲げた杖の先に、強烈な光を放つ魔力球が出現した。

 直視できないほどまぶしい。

 辺りが突然明るくなった。


「グロウライトは暗闇を照らすことのできる魔法。

 これで、『暗くなったから帰る』という論理は通用しない」


 ほんのりドヤっている青髪。

 論理性があってもノムには通用しないけどね。

 





*****





 

 何度繰り返しても、エーテルではなく、スパークの魔法が発動される。

 夜空にまたたく星達からも、憐れみの視線を送られているような。

 そんな謎の感覚が生まれるほどに、

 私、たいぶん、くたびれている。


 前進と言えば、魔法放出が完了する前に、魔力球の色が青であった時点で失敗だ、とわかるようになったことくらい。


 ・・・


 これ、もう無理なんじゃない。

 私は、『できない人は一生できない』、というノムの言葉を思い出した。


 訓練開始から32回目。

 魔力収束を開始。

 なかばやさぐれていたい私は、収束された魔力球が紫色であることに気づかなかった。

 その魔力球は、放出と同時に紫の刃に形を変え、空間を切り裂く。


 ・・・


 やっと、終わった。

 

 エーテル発動成功の喜びよりも、疲労感が勝る。

 『帰ろう』。

 その気持ちが伝わるように願いながら、無言のままノムを見つめる。

 

「お疲れ」


 気持ちが伝わったのかは不明だが、ノムがねぎらいの言葉をかけてくれる。

 よかった。

 帰れそうだ。


 が、しかし。

 今、発動に成功したエーテルの魔法だが、明日にはまた使えなくなったりしないのだろうか?

 考えるとぞっとする。

 

「一度発動に成功したら、その感覚を忘れないから大丈夫」

 

 私の不安感を察したのかわからないが、ノムがフォローを入れてくれる。

 『エーテル』の魔法発動には、苦戦を強いられた。

 しかし、代替で発動された『スパーク』の魔法は、一度も失敗していない。

 それどころか、発動を繰り返すにつれ、魔法の威力も高くなり、放出で、より遠くに魔法を飛ばせるようになっていた。

 高威力で実用的な魔法が、いい感じに仕上がった。

 たった1日で。


「でも、スパークは魔力消費量が多いから、大変だったはず」


「一発放つたびに、体がぐっとだるいんだよね」


 体内の残り魔力量というものは、人間の気力にも対応するらしい。

 魔力切れギリギリで魔法を発動し続け、今の私は、いろいろと磨り減っている。


「体内の魔力は時間が経つと自然と回復していく。

 これを『魔力回復力』という。

 エレナはまだ魔力回復速度は極低速。

 数発の魔術使用で、すぐ底が見えてしまう。

 でも、これが成長すると、魔術を連発できるようになる。

 魔術師にとって、とても重要な能力」


「魔力回復力の低さは、今自分が一番実感してます。

 もう『出せ』と言われても、何もでません」


「単純に、肉体的に疲れてる、という理由もあると思う。

 魔力が残っていても、術者の身体機能が伴わないと魔法を発動できない」


 申し訳ないが。

 ノムの言葉があまり頭に入ってこない。

 早く帰って寝たい。

 その前にごはん食べよう。

 がんばったから、今日は少しくらいいいもの食べたい。

 が、お金がない。


 ・・・


 お金?


 ・・・


 あれっ?


「うわーーーっ、闘技場の賞金、もらい忘れた!!」


 私は、疲れも忘れて叫ぶ。

 今からでもまだ間に合うのか?

 いや、間に合え!


「大丈夫。

 今日出場したランクでは、賞金、でないから」


「でねぇのかよ!」

 

 落胆と苛立ちと絶望が交じり合った不快で吐き気をもよおす。

 っていうか、『大丈夫』って、何が大丈夫か全然わからん!

 

「賞金が出てたとしても、新しい武器を買わないといけないから。

 無駄遣いはさせない」


「今日、武器買ったじゃんか」


「上位のランクの敵相手にそんな武器じゃ、即死。

 エレナが強くなるに連れて武器も合わせて強くしていくから。

 逆にエレナが弱いのに、見合わない強い武器を持っていても使いこなせない」


 私が強くなり、より高い報酬がもらえるようになればなるほど、高い武器の購入が必要。

 ・・・。

 新手の詐欺かな?

 そんなことを考えながら、魔術師修行1日目が終了した。


 




*****


 




「どうだったー?」


 私はノムに尋ねる。

 次の日、私は休む間も与えられず、闘技場の次のランクに挑戦させられた。

 やけくそ!

 ただ、新しく覚えたスパークの魔法と、少し慣れてきたバーストの魔法のおかげで、特に何の苦労もなくクリアすることができた。

 昨日から、たった1日でこの成長っぷり。

 さぞ、ノム先生も関心していらっしゃるだろう。

 おうかがいを立てる。

 が、見て取れるのは、『可もなく不可もなく』とでも言い出しそうな微妙な表情だ。


「ちなみに私、ほめられて伸びるタイプ」


 暗黙的に『ほめろ』と伝える。

 するとノムは、


「よかった」


 と、感情が欠如した声で短く言った。


「どうもー」


 私も感情が欠如した声で返す。


「っていうかさー。

 エーテル使いにくい。

 スパークとかバーストのほうがいい。

 というか1つの属性だけ強くすればいいんじゃない?」

 

 戦闘開始前、私はノムから『できるだけ、エーテルの魔法を使うように』と指示を受けた。

 しかし、使ってはみるものの、明らかにスパークやバーストの魔法のほうが被ダメがでかい。

 結局、途中から使わなくなってしまった。


「そういう考えの人も多くいる。

 例えば、炎だけ強化した術師は炎術師って言われたりする。

 でもエレナは炎あんまり得意じゃない」


「んじゃあ雷!

 私って雷属性得意なんだよね!」

 

 『雷術師エレナ』みたいな!

 ちょっとかっこいいかも!


「雷術は制御性に難がある。

 今回の相手のような雑魚ならまだしも、強敵相手だと、制御操作が追いつかずに攻撃が当たらない。

 まず、『制御』の技能を強化する必要がある。

 でも雷術を使用しても『制御』の技能が成長しづらい。

 ので、他の属性の術で、制御力を鍛える必要がある。

 『制御』の技能向上には、特に封魔術が効果的」


 それなら早く、その『封魔術』とやらを教えて欲しい。


「私は『封魔術』、得意なの?」


 期待と不安を込め、そう尋ねる。

 すると、


「普通」


 という、釈然としない回答が帰ってきた。

 普通って何かね。

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