Chapter2 魔力とエーテル (2)
エーテル変換についての粗方の説明が完了し、遅めの昼食を取った後、私たちはウォードの街の外に広がる平原にやってきた。
どうやらこれから、エーテル属性の魔法習得に向けた特訓が開始されるようだ。
帰りたい。
新しい魔法を習得できるというのは確かにうれしい。
が、帰りたい。
もう明日でいいんじゃないですか?
その提案は、街からここまでの道中で、既に2回棄却されていた。
「まず私がやって見せるから。
見てて」
お手本を見せてくれるらしい。
白銀の杖。
前方に突き出されたその杖に、太陽光が反射して。
純白のローブに
そんな彼女の横顔を見つめる。
かわいい。
彼女の体はピクリとも動かない。
真剣でも、真面目でもなく。
淡々と、冷静に。
杖の先端の半透明のコア。
その周辺が、薄紫色に、淡く光る。
光の色度が強くなってきた。
と思うと、次の瞬間には、紫の光は杖から少し離れ、林檎程度の大きさの球状の塊を形成した。
これが『コア』かな。
私は先ほどの講義を思い出す。
「これが『コア』。
『エーテル』という攻撃可能なエネルギーが集まっている」
空中に浮かぶ紫色の魔力球。
『きれいだなー』などと考え
考察を再開。
何故、『コア』というものをしっかりと知覚できたことが、今の今までなかったのか。
推測。
理由は『速度』にある。
普段のノムなら、この魔力球を視認させる間も与えずに、一瞬で魔法を発動するはず。
私は、わかりやすいように彼女が魔法をゆっくり発動してくれていることに気づいた。
「魔力の『収束』が完了したから、次は魔力の『放出』を行う。
魔力球を遠くに飛ばすようにイメージしながら、魔力を解放する」
ノムの視線が私から前方の空間に戻り、再びその横顔を堪能できる。
瞬間。
紫の魔力球が、前方へ勢いよく飛び出す。
《シュン!シュン!!》
打ち出された魔力球が、紫色の2つ風の
まるで、何もないところから、2発の剣撃が繰り出されたようだった。
感嘆の念が、口からだらしなく漏れ出す。
それにしても。
ほんとうに。
この少女は何でも簡単にやってのける。
魔法発動までの間、終始無言、無表情。
呼吸をするように、とはこのことだ。
「魔法を発動するときって、詠唱とかしないの?
『台地を貫け!ノム・ボンバー!』。
・・・。
的な掛け声でもあるかと思ったけど」
「ノム・ボンバーって・・・」
『何言ってんだお前』、とでも言いたげな、冷ややかな嘲笑を浮かべるノム。
正直、自分でもよくわからない。
疲れてるのかしら。
あまり深い意味は考えないで欲しい。
「私は詠唱はしないから。
高い集中力が必要な、大規模な魔術を発動するときは別だけど」
『詠唱を行うことがトリガーとなり魔法が発動される』と考えていたが、そうではないらしい。
若干、残念。
「ただ、『詠唱したらダメ』、というわけではない。
やってもいい。
そこは個人の自由」
どうやら気持ちの問題らしい。
じゃあ、私は詠唱やります!
・・・
が、しかし。
ノムは詠唱しない、ということは、詠唱のセンテンスは自分で考える必要がありそうだ。
・・・
めんどい。
やっぱやめよう。
魔法名を叫ぶ程度にしよう。
「ちなみに、今私が使ったのは、『エーテル』という魔術」
「そのまんまだね」
先ほどの魔法は、エーテル属性の『エーテル』という魔法らしい。
「もしくは、エーテルウイングか、エーテルウインドか、リトルシザー」
「どれですか」
「いろんな魔導書があって、それぞれで違う呼び方をされている。
でも、どれも単純にエーテルを放出しただけだから同じ魔術」
つまり、どれでもいいらしい。
「エーテルウイングがいいっす」
理由は魔法名を叫んだときの言葉の響きが良いからである。
私はそういうの大事だと思う。
「御自由に」
語感から、どうでもいいですよ感が伝わる。
・・・
僅かな静寂を経て、本題に入る。
「お手本は見せたから。
次はエレナがやってみて」
ぬぅーん・・・。
『エーテル』。
先生に見せてもらったその魔法。
それが発動されるシーンを、頭の中で再生する。
次に、そのシーンの登場人物を、先生から私に変更して、再度再生する。
・・・。
正直、発動できる気が、全くしない。
が。
魔法を発動できるまで、宿に帰してもらえそうにない。
選択肢が1つしかないのなら、覚悟も観念もしやすい。
「まあ、とりあえずやってみるよ」
弱々しい笑顔で肯定の意思を伝えると、彼女も顔を縦に微振動させて答えてくれる。
私の笑顔はすぐに消え。
集中・・・
魔力の収束を開始。
ゴーレム戦でのバーストの魔法発動と同じ動作。
右手を前に突き出し、そこから体内の魔力を体外に解放していく。
合わせて私は、脳内を、先ほどのノム先生のお手本、エーテル発動開始から完了までの映像で埋め尽くす。
草原に吹く風、陽光の温かさ。
それらを可能な限り無視して、魔力の収束に集中する。
・・・
視覚情報に対して、心臓が反応する。
伸ばした手の先。
魔力収束位置。
淡い、淡い、青色の光。
収束を続行。
すると、程なくして、青色が、濃く、鮮明なものになる。
えっ?
えっ?
これ、できてるんじゃない?!
一発成功しちゃうんじゃない?
私才能ある?
たしかにノム先生も、私には魔術の才能がある、と言っていた。
昔ね。
最近は、ほめてくれないしね。
私はほめられて伸びるタイプだと思いますよ。
・・・。
脱線しかけた思考を無理やり戻す。
思考脱線の間にも魔力収束は継続されており、『コア』と呼んで遜色ない、林檎サイズの青色の魔力球が形成され、美しく
完成した魔力球を、ゆっくり眺めていたい。
そんな気持ちの一方で、魔力球をこのまま留めておくことは難しく、今にも暴発してしまいそうだった。
早く放出を!
「エーテルウイング!!」
私は、先ほど教えてもらった魔法名を叫ぶ。
と同時に、魔力球を全力で前方に放った。
《バキッ! ババババババッ!!》
激しい炸裂音が響き、青い稲妻が私の目の前で
・・・
『炸裂音』?
『稲妻』?
あれ?
「できたの?」
教官に視線を送り、回答を求める。
「できてない。
今の魔法は『スパーク』。
エーテルではない」
やっぱり、違った。
手応えはあったが、既視の感覚はなかった。
ノム先生のお手本と全然違う。
どうにかして、今のがエーテルだったことにしてもらえないかしら。
「スパークって、雷の魔法?」
「そう。
エレナは雷術系が得意だから、自然と発動したんだと思う」
既視の感覚はなかったが、手応えはあった。
発動した雷の魔法の威力の強さは、素人目で見ても明らか。
ゴーレム戦で発動させた火の魔法、それよりも数段高火力。
エーテル発動に失敗したことは、もはやどうでもよい。
このスパークという雷の魔法は、実戦で使える。
先の闘技場で苦戦を強いられた私は、実用的な攻撃手段を習得できたことを、素直に喜んでいた。
この魔法の別称も聞いておきたい。
そう思いノムを見つめると、彼女は何かニヤニヤしていた。
何?
「発動時に術の名前を言うのはやめたほうがいい。
『エーテルウイング』って叫んでおいて、『スパーク』の魔術が発動したら、結構恥ずかしい」
久しぶりに笑っている彼女を見た気がする。
『やめたほうが良い』と言われたが、『おもしろいから許す』というふうにも聞こえた。
「そうですね」
淡々と答え、私はスパークの別称を聞くことを取りやめた。
「エレナ。
今日はエーテルの魔法が発動できるようになるまで、宿には帰れないから」
いまだニヤニヤしている彼女から、予想通りの帰れません宣言が発令された。
今日はここで野宿かな。
脳内に浮かんだ現実になりそうな冗談をかき消して、新術エーテル習得に向けたチャレンジを再開した。
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