第26話:ウィード・ハルフォード

(くそっ! このままじゃあジリ貧だ! 俺の方が先に参ってしまうぞ!)


 魔導闘技は強力な力を発揮できる反面、使用者に多大な負担を強いる力でもある。

 目眩、激しい頭痛、脱力感は軽い方で、力によっては使用後に意識を失ってしまうようなものまで存在している。

 ウィードの魔導闘技はそこまでの負担を強いるものではないが、それでも長期戦となれば疲労が蓄積していき、不利になるのは目に見えて明らかだ。


「ひゃひゃひゃっ! どうしたあ? 魔導闘技を使っても、この程度なのかあ?」


 コープスは連撃を繰り返しながらも挑発し、ウィードの隙を突こうとしている。

 あわよくば一撃で、そうでなくても優位は変わらないのだからと時間を掛けてウィードを殺そうというのがコープスの考えだった。


(くそっ! どうする、どうしたらこいつの上をいけるんだ!)


 必死に考えを巡らせても、ウィードには良い考えが浮かんでこない。

 いや、考えが浮かんではいるものの、それを実行に移せるだけの技量が足りないと自覚しているため、選択肢から省いてしまっている。

 今ある確実に実行できる選択肢の中から、コープスを倒せる手札がないか、ウィードは再び思考を巡らせた。


「ひひっ! させねぇぞぉ?」

「ちいっ! 油断も隙もないなあっ!」


 しかし、コープスは手を休めようとはしない。

 コープスからすると普段通りの戦い方を継続していれば勝利が見えてくるのだから当然で、ウィードよりも動きは多いのだが疲労はまったく感じていなかった。


(あれしかないのか? だが、俺にできるのか? 失敗すれば俺もエリーも終わりだぞ?)

「おいお〜い、考え事か〜?」

「しまっ――くっ!?」


 意識が思考に引っ張られた刹那、コープスのナイフがウィードの左肩を捉えた。

 剣を横薙いでコープスを離し、自らも大きく飛び退いて距離を取り、傷の状態を確かめる。

 剣を握れないほどではないが、傷は深く今までのようには動けない。

 今のまま先程の攻防を続けるとなると、ウィードに勝算は限りなくゼロに近いものとなるだろう。


「ひひひっ! 終わったなぁ〜、騎士様よぉ〜!」

「……やらなきゃ、どっちみち終わりか」


 これ以上戦闘が長引けば、どちらにしても殺されてしまう。

 覚悟を決めたウィードは、一か八かの選択肢を選んだ。


「魔導闘技――セカンド!」

「……はあ? てめぇ、何を言ってやがるんだぁ?」


 通常、魔導闘技は一人に対して一つ、というのが基本とされている。

 そして、その一つの魔導闘技の形態を自らに合わせて変化させていき、最高の形が見出せた時に初めて本当の意味で魔導闘技を使いこなせているといえるのだ。

 ウィードの魔導闘技は視覚強化――ではない。

 視覚強化は彼の魔導闘技の中にある一つの選択肢であり、それだけが全てではなかった。

 ウィードの魔導闘技が持つ本来の形態、それは――


「感覚強化、聴覚!」


 視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚からなる五感の強化、それがウィードの持つ魔導闘技である。

 しかし、彼は自らの魔導闘技を使いこなせているとは言い難く、一度に二つ以上の感覚強化を発動させることができないでいた。


「……うぐっ! がはっ!」

「……な、なんだぁ? ひひっ、驚かせやがってえ! だがまあ、そんな切り札を出されちまったらよぅ、遊んでやるのも最後にしてやった方がよさそうだなあっ!」


 視覚と聴覚の強化を行おうとしたウィードだが、視界が大きく歪み、激しい耳鳴りが聞こえてきてその場で膝をついてしまう。

 激しい頭痛も襲い掛かってきて、立つことすらままならない状態になってしまった。


(……く、くそっ! やっぱり、俺じゃあまだ、無理なのか? 母様かあさまのように、上手く使えないってのかよ!)


 ウィードの魔導闘技は、母親譲りのものだった。

 実をいうと、ウィードは母親が生きていた子供の頃には感覚強化を同時に二つまで発動させることができていた。

 しかし、母親を亡くし、精神的に追い詰められて以降、同時に二つを発動させることができなくなり、今日に至っている。


「ひひひひっ! 死んでくれよなぁ、騎士様ようっ!」


 コープスが地面を蹴りつけ、今までで一番の加速を伴い迫ってくる。


(ダメだ、やられる!)


 ――そう思った時だった。


「ウィード!」

「――! はあっ!」


 彼の名前を呼ぶ声に、ウィードは力を振り絞り剣を切り上げた。


「ちいっ! ……女ああああぁぁっ! 邪魔をしてんじゃねぇぞおおおおぉぉっ!」

「……はは、いたのかよ、エリー」


 意識を失い、立ち並ぶ倉庫と倉庫の間に寝かされていたエリーが、地面に顔や体を擦り付けながら姿を現していた。

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