第20話:スラム街

 ロキと別れたウィードたちは、ゲイルの提案通りにスラム街へやってきた。

 スラム街には口減らしで捨てられた子供や、そこから成長した大人が日銭を稼ぎながら生活を送っている。

 子供に関しては大人が少ない給金から少額を出し合って生活をしているが、それをよく思わない者も少なからず存在している。

 そういった者たちが犯罪に手を染めることが多くあり、スラム街の印象を悪くしていた。


「ゲイルはそう思わないのか?」

「ではウィード殿にお聞きしますが、故郷から犯罪者が数人程度出たとしましょう。そうなれば、故郷全体が悪いと思いますか?」

「……規模が違い過ぎないか?」

「規模はそうですね。ですが、それと似たようなものです。悪者はどのような場所にでも存在していますが、その者だけに注目してしまうのはいかがなものかと」


 ゲイルはそう口にしているが、実際のところは多くの者がスラム街の人間は面倒だと、悪者予備軍だと思っていることだろう。

 そして、その最たる存在こそが貴族である。


「やっぱりゲイルって変だよな」

「そうですか? ……まあ、私は暇を見つけては色々なところへ顔を出していましたからね。その過程でスラム街にも足を運んだというだけの話です」

「……いや、その話が一番驚いたんだが?」

「その話を聞いた時は、さすがに俺も驚いた。しかし、それがゲイルという人間なんだ」


 長い付き合いだからだろう、ラスタはゲイルの行動を正当化していた。

 ウィードとしては母親が平民出身であり、自分がスラム街の一員になっていた可能性もあることを理解しているので彼の考え方は理解できる。

 ただ、貴族がそんなことを考えるものなのかという部分では疑問を覚えてしまう。


「……本当に、ラスタの言う通りなんだろうなぁ」


 ゲイルという人物だから、これ以上に適切な説明ができるとは思えなかった。


「――止まれ」


 スラム街の入り口まで足を運ぶと、門の前に立っていた人物が声を掛けてきた。

 衣服はボロボロで、汚れが目立つところも少なくない。

 しかし、体つきはとても良く、四人の中でガタイの良いルキオスと並んでも遜色がないほどだ。


「お久しぶりです」

「ん? ……あぁ、ゲイルさんか。今日はお仲間と一緒なんですかい?」


 顔見知りだとは思わなかったのか、親しそうに話をしている二人を見てウィードたちは驚きの表情を浮かべてしまう。


「実は、こちらに貴族令嬢が運ばれていないか確認をしたかったんです」

「貴族令嬢だぁ? そんな奴がここに来るわけが……ん? ゲイルさん、運ばれてきたって言ったか?」


 ガタイの良い男はゲイルの言い回しに違和感を覚えたあと、何かに思い至ったのかすぐに口を開いた。


「えぇ。何かありましたか?」

「二時間くらい前だが、見たことのない奴らがでっけぇ袋を抱えて中に入っていったんだ。身なりは俺みたいにボロボロだったから、どっかから逃げてきたんじゃねぇかと思ったが……もしかすると、その中に入れられていたんじゃねぇかってな」

「そいつらはどこに行ったんだ!」

「ウィード、落ち着け!」


 前のめりになって声を荒げたウィードを、ラスタが宥める。


「すみません。実はその貴族令嬢、彼の想い人でして」

「んなあっ!? ち、ちが――」

「あー、なるほどなぁ。そういうことか。いいぜ、すぐに案内してやるよ」


 ゲイルの言葉で勘違いをしたガタイの良い男は、ニヤニヤしながらスラム街の方へ歩き出す。


「おい、ゲイル!」

「いいじゃないですか。それに、今後そうなる予定なんでしょう?」

「それは! ……わかんねぇよ」

「強くは否定しないんだな」

「ルキオスまで!」

「お前たち、遊んでいないでさっさと行くぞ」


 ウィードがゲイルとルキオスに絡んでいる間に、ラスタはさっさとガタイの良い男について歩き出していた。

 三人もすぐに歩き出したのだが、ウィードは目的の場所に到着するまでずっとゲイルを睨みつけている。

 しばらくして、ガタイの良い男がすでに半壊してしまっている一軒の家の前で立ち止まった。


「ここだ」

「こんなところに運び込んだとしても、すぐにバレるんじゃないのか?」

「そうですねぇ。ですが……パッと見た感じだと、それらしきものはありませんね」

「とにかく探してみよう。中に入っても構わないか?」

「あぁ。問題ねぇぜ」


 ガタイの良い男の許可を得た四人は、半壊した建物に入っていく。

 元は一軒家だっただろう建物は、何をどうしたのか横半分が完全に破壊されており、木片が地面に散乱している。

 探すと口にしたものの、ほとんど見晴らしの良い状態になっている建物の中をどのように探せばいいのか、見当もつかないでいた。


「こっちにはいないな」

「こちらもいませんねぇ」

「こっちもダメだ」

「というか、本当に誰かいたらすぐにわかりますぜ、ゲイルさん」


 ガタイの良い男も一緒になって探してくれているが、エリーはおろかスラム街にやって来たという人物すら見つけられない。しかし――


「みんな! こっちだ!」


 ウィードの声が聞こえてくると、四人は急いでそちらに駆けつけた。


「どうした、ウィード?」

「なんにもないじゃないか?」

「木の床、ですか?」

「あぁ。こいつを、見てくれ!」


 そう口にしながら、ウィードは木の床を力いっぱいに引き剥がした。


「……おいおい、マジかよ」

「……大正解だな」

「……まさか、地下に続く隠し階段があるとは思いませんでした」

「……急ごう。どこに続いているかがわからないからな」


 ガタイの良い男とはここで別れ、ウィードたちは隠し階段を下りていった。

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