第18話:襲撃

 気配を全く感じなかったこともあり、ウィードは弾かれたようにそちらへ振り返る。

 そこには白髪の中に僅かな黒髪を見え隠れさせた長身痩躯の男が、長髪から覗くギョロリとした片目でこちらを睨みつけていた。


「……あんた、誰だ?」

「あぁん? 男は黙れ。用があるのはそっちの上玉だけなんだよぉ」

「……私になんのご用でしょうか?」


 ゆらゆらと揺れている体からははっきりとした敵意を感じ取ることができる。

 しかし、エリーはグッと体に力を込めて長身痩躯の男を睨みつけながら、強い口調で問い掛けた。


「ひゃひゃひゃっ! いいねぇ、その感じぃ! 俺様を前にして強気な態度! ……てめぇ、貴族の女だなぁ?」

「……下がっていろ、エリー。こいつの相手は俺が――」

「聞こえなかったのかああぁぁぁぁ? 男は黙っていやがれってんだよぅ!」

「ちいっ!」


 ウィードが口を開いた途端、態度を一変させた長身痩躯の男が飛び掛かってきた。

 騎士学園の生徒は帯剣を許されている。そのおかげもあり間一髪、振り抜かれたナイフを受け止める。


「ひゃひゃひゃっ! 俺様の一撃を受け止めるたぁ、やるじゃねえかあっ!」

「いきなり急所を狙ってくるとか、イカれてやがるな!」

「ウィード!」

「逃げろ! こいつは俺が抑えておく、だからお前は――」

「ひゃひゃっ! 俺様が一人だなんて、誰が言ったんだぁ〜?」


 ウィードの言葉を遮るように、長身痩躯の男が下卑た笑みを浮かべながらそう口にする。

 直後、隠れていた仲間たちがぞろぞろと姿を現し、そのうちの一人がエリーを背後から羽交い締めにした。


「エリー!」

「んん〜!!」

「いいねぇ〜! こいつは高く売れるぜぇ〜!」

「ふざけるな! 彼女を離せ!」


 歯を食いしばりながら苛烈な攻めを見せるウィードだが、怒りに任せた剣は彼本来の剣捌きとは程遠く、長身痩躯の男は下卑た笑みを崩すことなく捌き切ってしまう。

 そして、僅かに生まれた攻撃の隙間を縫って、強烈な前蹴りがウィードのみぞおちに叩き込まれた。


「ぐはっ!?」

「ひゃひゃひゃっ! いい気味じゃねぇかぁ、イケメン野郎がよう!」


 大きく後ろに吹き飛ばされ、積み重ねられたゴミの中に突っ込んでいく。

 その姿を見て大笑いする長身痩躯の男は、ウィードにとどめを刺すことなく背を向けて歩き出した。


「くっ! ……ま、待てぇ」


 思っていた以上に重たい一撃にウィードを立ち上がれず、なんとか顔を前に向け、震える右手をエリーに伸ばす。


「男に呼び止められても、止まるわけがねぇんだよぅ。ひひ、今日は上玉の商品が手に入ってご機嫌なんだぁ、命があるだけでも、感謝するんだなぁ」


 そのまま遠ざかっていく長身痩躯の男の背中を睨みつけながら、ウィードの右腕は力なく地面に落ちた。


 ◆◇◆◇


 ――雨が降り出した。

 彼はどれだけ意識を失っていたのだろうか。

 体に当たる雨粒が徐々に強くなり、雨はいつしか豪雨となる。

 生誕祭の日は毎年のように雨が降ると言われており、国の穢れたものを洗い流してくれると伝えられていた。


(……あぁ……俺は、助けられなかったのか)


 母親を助けられなかったように。


(……目の前で、連れ去られるなんてなぁ)


 母親がやってきたことを自分が引き継ぐのだと剣を振るってきたのに。


(……誰でもいい……エリーを、助けてやってくれ)


 自分でなくても構わないと強く願いながら、朦朧とした意識を再び手放そうとした――その時だった。


「――ウィード・ハルフォード!」

「…………お前……ラスタ、か?」


 ぐいっと体を起こされたウィードが見たものは、学園で毎日のように怒鳴り合っている天敵のラスタだった。

 その隣には心配そうにこちらを覗き込むゲイルの姿もあった。


「お前が帰ってこないとルキオスから連絡があった。お前ほどの奴がどうしてこんなことに――」


 ラスタが言い終わる前に、ウィードは彼の手をガシッと握り声を絞り出した。


「……頼む、助けてやってくれ」

「助ける? 誰をだ?」

「……エリー、コレントだ。誘拐、された」

「なあっ!? エリーが誘拐されただと!」

「ラスタ。私はコレント家にエリー様が戻られていないか確認へ向かいます」


 驚きの声をあげたラスタの横で、ゲイルはすぐに行動を起こす。

 彼がコレント家に向かったのを確認したラスタは、ウィードからなるべく多くの情報を引き出そうと声を掛けた。


「相手はどういう人物だ?」

「……長身、痩躯。白髪に少しの黒髪。長髪で、ナイフを使う手練れだ」

「長身痩躯、白髪に少しの黒髪、そして、長髪でナイフか……ちっ、あいつだな」

「……心当たりが、あるのか?」


 ラスタの呟きを耳にして、ウィードが問い掛ける。


「王都界隈で人攫いをしている一味がいる。そのボスである可能性が高い。名前は――コープス」

「……コープス」


 長身痩躯の男の名前を繰り返しながら、ウィードは強く拳を握りしめた。

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