第17話:過去
「――消えちゃったわよ!」
「――こっちにはいないわ!」
「――もー! どこに行っちゃったのよー!」
女性たちの声を引き込まれた筋道の先で聞きながら、その声が徐々に遠くなっていくのを感じてウィードはホッと胸を撫で下ろす。
「……はあぁぁ〜。助かったけど、どうして助けてくれたんだ? ――エリー」
筋道で腕を引っ張ってきたのは、ウィードに好意を抱いているエリーだった。
しかし、公爵令嬢であるエリーが筋道に隠れていたのがどうしてなのかが先に気になってしまい、ウィードは訝しげな視線を向けてしまう。
「あなたを助けにきたのよ」
「わざわざ筋道に隠れてか?」
「そうよ、悪い? あなたならこっちに逃げてくると思ったから隠れていたの!」
今度はどうしてそう思ったのかが気になったものの、エリーとは長い付き合いでもあるので、自分のことで何かわかることがあったのだろうと思うことにした。
「……まあ、いいさ。それじゃあ俺は行くよ。寮に戻っても声を掛けられまくるんだろうけどなぁ」
嫌そうに口にしたウィードが立ち上がるのを見たエリーは、彼に見えないよう腕を後ろに回してギュッと握りながら声を掛けた。
「だ、だったらさ! ……落ち着くまで、ここで私と少し話さない?」
「落ち着くまでって、もうだいぶ落ち着いて――」
ウィードが『落ち着いてきた』と口にしようとした時、遠くの方から女性の声が聞こえてきた。
「――そっちはどう?」
「――ダメ、いないよ」
「――だったらあなたは学園に戻りなさい。戻ってきていたら、また声を掛けてね!」
「――わかったよ、姉さん!」
しかし、今回は女性だけではなく若い男性の声も聞こえてきた。
その声が学園で聞いたことのあるものだと気づいたウィードは、立ち上がったもののすぐにその場で座り込んでしまう。
「……あいつら、グルだったのかよ!」
「アルカンダ騎士学園に通う大半が貴族の子息だからね。そりゃ繋がっているわよ」
「……はあぁぁ〜。これじゃあ戻るに戻れないじゃないか」
「そういうこと。だから少しくらいはいいんじゃないの? ……その、私もあなたに伝えておきたいことがあったし」
身動きが取れないウィードにこのようなことを言うのは卑怯かもしれないと思いながら、エリーは学年対抗戦を観戦しながら決意したことを形にしようと気持ちを奮い立たせた。
「伝えておきたいこと? ……まあ、この状態だと移動もできないしな」
「……あ、ありがとう」
「……? なんだよ、今日はやけに素直だなぁ」
ただ話を聞くだけだと思っていたウィードにとって、エリーの口からお礼が飛び出すとは予想もしていなかった。
「……最近のウィードは忙しそうにしていたし、近づけなかったから」
「……まあ、そうだな」
そして、いつもの強気な姿勢ではなく、どこか寂しそうに横目で見てきたこともあり、ウィードは少しだけドキッとさせられてしまう。
「……私たちの付き合いがどれくらいかわかる?」
「俺が屋敷に押し込められてしばらくしてからだから……三年前くらいか? あの時は父上に態度が悪いって怒られたっけな。まあ、貴族の作法なんて習ってなかったから仕方なかったけどな」
懐かしそうに笑ったウィードだったが、二人の出会いはそこが最初ではない。
「……違うわよ、ウィード。私たちの付き合いは、そこが初めてじゃないわ」
「そうだったか? それ以外だと……何かあったっけ?」
「あったわ。でも……ウィードはきっと、忘れてしまっているわ。だって――あの悲劇が起きる少し前だもの」
エリーの言葉を受けて、ウィードの雰囲気が一変する。
どこか抜けているように感じられた雰囲気から、まるで敵を睨みつけるかのように鋭い視線をエリーに向けたのだ。
ゾッとするような寒気を覚えたエリーだったが、ここで口を閉ざすのは絶対にダメだと気持ちを強く持ち、言葉を続ける。
「……私は、ウィードとあなたのお母様に命を助けられたの」
「……覚えていないな。というか、そんな昔の話なんて、記憶にすらないね」
「わかっているわ。だって、三年前に再会した時とあの時では、雰囲気がまるで違ったもの。だから、私は一緒に助けられたお母様にお願いしてハルフォード家について調べさせたわ」
「……なん、だと?」
まさかの言葉にウィードは言葉を失ってしまう。
死の間際、母親はハルフォード家を恨むなと言ったが、幼い頃のウィードが素直に受け入れられるはずもなかった。
ウィードは自分で調べられることは全て調べ尽くしたが、結局のところハルフォード家が何かを仕掛けたという証拠は何一つとして出てこなかったのだ。
「……エリーは、何かを知っているのか?」
「……実は――」
「上玉みーつけたー」
ウィードの疑問にエリーが答えようとした直後、別の何者かの声が聞こえてきた。
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