第三章:三年生

第16話:生誕祭

 ――大盛況のうちに幕を下ろした学年対抗戦。

 あの日以降、ウィードを見る周りの目には大きな変化が起きている。

 田舎貴族の三男、たかが男爵家の三男、成績も真ん中くらいで可もなく不可もなしで、多くの者が侮蔑の視線を向けてきた。

 しかし、今は学園を歩くたびに同級生からだけではなく、後輩からも声を掛けられている。進級するまでは三年生からも声を掛けられており、ウィードは愛想笑いを浮かべるだけでそそくさとその場をあとにしていた。


 そして、現在――ウィードは三年生になった。

 新一年生の中には学年対抗戦で見せた彼とシンの試合を見て入学を目指した者も少なからずおり、二年生の頃よりも声を掛けられる頻度は多くなっている。

 それだけなら学園生活をなんとか我慢して、放課後や休みの日に街中へ繰り出しストレス発散できればいいかと考えていたのだが……そこはウィードの思い通りにはならなかった。


「ウィード様〜!」

「きゃー! こっち向いてー!」

「一緒にお茶でもいかがですか? もちろん、夜もご一緒できたら嬉しいわ?」


 学年対抗戦には一般客の来場も許されていた。

 故に、生徒だけではなくウィードがモテたいと常日頃ずっと思っていた女性たちの注目の的にもなっている。

 言ってみればこれはウィードの願い通りの展開なのだが、彼は予想を超えるほどに注目を集めてしまっていた。


「いや、あの、今日は遠慮したいかな〜……みたいな〜?」

「えぇ〜? そんなこと言わないで、一緒に遊びましょうよ〜?」

「ダメよ! ウィード様は私と一緒に遊ぶんだから!」

「あら? 私は構わないわよ? ただ……夜を一緒に過ごしましょうね?」

「「ふざけないでよね!」」


 こんな感じで、どこに行ってもウィードを取り合って女性たちが言い合いを始めてしまうのだ。

 モテたいと思っていても、このような展開は彼の本意ではない。

 そして、毎回のように隙を見て逃げ出していたのだが……残念ながら今日だけは難しかった。


「きゃー!」

「ウィード様ー!」

「一緒に!」

「遊びましょう!」

「こっちに来てー!」

「逃しませんわよー!」

「くっそー! 忘れてた! 今日は――生誕祭じゃないか!」


 周囲が騒がしくなり、今日という日をすっかり忘れていたウィード。

 今日は現国王が生まれた日を全国民で祝う生誕祭。

 授業も休み、最近の忙しさから寮でゆっくり休もうと思っていたのだが、今日に限って同級生や後輩から一緒に街に出ようと声を掛けられた。

 何度断っても次から次へ人がやってくることもあり、ウィードは逃げるようにして一人で街中へ出てきてしまった。

 集中力も欠如しており、周囲が生誕祭で飾り付けられていることにも気づかず、ため息ばかりが口をついて出てきていたが、一人の女性に声を掛けられたのをきっかけに、今までで一番の騒動に発展してしまったのだ。


「こ、こっちか!」

「ウィード様ー!」

「うおっ! 違う、こっちだな!」

「いたわよー!」

「げえっ!」

「せめて夜だけでもご一緒してくださいませ!」

「絶対に嫌だからな! ちくしょー! モテたいと思っていたけど、理想とは程遠いんだがああああぁぁ!」


 ウィードがモテたいと強く願っているのにはわけがある。

 母親をハルフォード家の裏切りによって失ったウィードは、せめて自分だけは真実の愛を見つけて余生を全うしたいと考えていた。

 しかし、子供の頃は母親と一緒になってハルフォード家の騎士として活動し、母親が亡くなってからは屋敷から外に出してもらえずに引きこもり生活を送っていた。

 そのせいもあり、この歳まで女性と付き合った経験が一度としてなかった。

 故に、生涯を共にできる女性の見つけ方が全くわからず、その結果として多くの女性と知り合うことができれば、そこから真実の愛を見つけることができると考えたのだ。

 ある意味ではウィードの願った状況なのだが、女性経験が全くないウィードでもわかることはある。それは、今になって擦り寄ってきた相手は真実の愛ではなく、自分の利益や家にとって有益だから声を掛けてきているのだと。


「こんなの、俺が望んだ状況じゃないんだよおおおお――おわあっ⁉︎」


 路地裏に入ってなんとか女性たちを撒こうと走り回っていたウィードだったが、筋道から急に伸びてきた手に腕を掴まれると、バランスを崩して引き込まれてしまった。

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