幕間:観戦席での一幕

 ――二年生Aチームが勝った。

 それは観客席の客たちにも、在校生にも、そして教師陣にも予想外の出来事だった。

 誰もがシンの率いる三年生Aチームが勝利すると思っていた。それが当然だと思い込んでいた。

 しかし、観客席にはそう思っていない者――二年生Aチームが勝つことを最初から信じている者が一人だけ存在していた。


「……やったわね、ウィード!」


 ウィードがシンを倒した瞬間、エリーは年相応の笑みを浮かべて喜んでいた。

 彼女はウィードが代表に選ばれたと知ったその時から、彼がいるチームが優勝すると信じてやまなかった。

 それは何故か――そこに自分を助けてくれたウィードがいるからだ。

 たとえウィードがBチームにいたとすれば、彼女は二年生Bチームが優勝すると信じただろう。

 それはエリーが彼に抱く最大限の信頼の証だった。


「……やっぱりあなたは、私の王子様だわ」


 エリーはウィードに助けられたあの雨の日のことを忘れたことがない。

 その場で死ぬと思っていた。生きることを諦めようとしていた。

 だが、恐怖で閉ざされた諦めという固い扉を優しく開け放ってくれたのが、幼い頃のウィードだったのだ。

 忘れられるはずがない。忘れていいわけがない。そして、これからも忘れることはないだろう。

 何故なら、エリーは自分たちが助けられた数ヶ月後、ウィードが母親を亡くしたことを知っていたから。

 ウィードが母親を失った悲しみを今もなお背負っていることに、エリーは気づいていた。

 だからこそ、少しでも彼を支えられるように、少しでもあの時の悲しみを忘れてもらえるようにしたいと考えている。


「……あなたは忘れているかもしれないけど、私は覚えている。……私から、一歩を踏み出さないとね」


 ウィードの悲しみにつけ込むような真似はしたくない。だからこそ、ウィードに振り向いてもらえるよう努力してきたエリーだったが、これ以上は他の女性が彼を放っておかないと思っていた。

 アルカンダ騎士学園へ入学した当初こそ、自らの我がままを貫いて侯爵令嬢という権力を使い、他の女性がウィードに近づかないよう自分の周りの貴族令嬢には声を掛けていた。

 そもそもウィードは男爵家の三男であり、王都の貴族令嬢からすれば田舎貴族の三男など、何の価値もない異性なので誰もが素直に頷いてくれた。

 だが、学年対抗戦で大活躍を見せた今では彼の将来性を買って多くの女性が寄ってたかって声を掛けてくるに違いない。

 中にはエリーの力が及ばない貴族令嬢もいるだろうし、その中には彼を飼い殺しにして騎士として使い潰そうとする者もいるかもしれない。


「……貴族を相手にした時、まだまだあなたは弱いわ。だから、そこからは私が守ってみせる!」


 ウィードが望んだわけではない。これも言ってしまえばエリーの我がままに過ぎない。これをしたことで彼に嫌われることだって考えられる。

 しかし、エリーはそれを選択する決意を固めた。

 今後のウィードとエリーがどのような人生を送り、どのように交わっていくのか。その答えは――わずかばかり先の話となる。

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