第15話:シン・オーセン

 全てを出し尽くしたラスタは控え室に戻るのではなく、担架に乗せられて医務室に運ばれていった。

 ゲイルが付き添いで向かうと思っていたウィードだが、二年生の控え室からは誰一人として動く者はいなかった。


「……ゲイル、いいのか?」

「はい。それに、ラスタとはすでに話し合っていましたから。ウィード殿を応援して欲しいとね」


 アルカンダ騎士学園に入学してから今日まで、ウィードは緊張したことが一度としてなかった。

 しかし、それも今日で終わりとなる。


「……そうか、わかった。それじゃあまあ、行きますか」


 初めての緊張を感じているウィードだが、それは不思議なもので心地よいものだった。

 心を締め付けるものではなく、むしろ心を鼓舞してくれる適度な緊張。それをルキオスから、ロキから、ゲイルから、そしてラスタから受け取った。

 ウィードは入学以来の本気を、今日ここで初めて出してやろうと強い決意を抱いていた。


「待っていたよ、ウィード君」

「俺は遠慮したかったんですけどね。……でも、俺を信じて任せてくれた仲間たちの想いを無駄にするわけにはいきませんよ」

「ふふふ。君は頼りになる仲間に恵まれたようだね」


 どこか棘のある言い回しに疑問を覚えつつも、ウィードは小さく息を吐きながら自らの愛剣を抜き放つ。

 シンが持つ美しさを兼ね備えた名剣に勝るとも劣らないウィードの直剣は、母親の形見として肌身離さず持ち続けた何よりも大事にしているものだった。


「……美しい剣だね」

「先輩の剣にも負けませんよ?」

「ふふふ、かもしれないね」


 お互いが剣を構え、口を閉ざす。

 二人の緊張感が審判にも伝わったのだろうか、ゴクリと唾を飲み込みながら、震えながら右腕を上げる。そして――


「決勝大将戦――始め!」


 開始の合図を受けた刹那――舞台の中央で甲高い金属音が鳴り響いた。

 審判が思わず耳を塞いで舞台から飛び降りると、直後から舞台のあらゆるところで剣戟音が鳴り響いていく。

 あまりに高速のやり取りに観客席では何が起きているのか理解できる者が少なく、学年対抗戦とは思えないほどに静まり返っている。

 それは一般客だけではなく、騎士を目指す在校生や女性騎士見習いも似たようなものだ。

 二人のやり取りに目が追いついている者はそこまで多くはいなかった。


「さすがは! 先輩! ですね!」

「ふふふ! 私とここまでやれるとは! やはり私の勘は! 間違いではなかった!」


 剣と剣とぶつけ合いながら言葉を交わしていくウィードとシン。

 黒髪と白髪が舞台上を激しいダンスでも踊るかのように動き続けている。

 技量は互角、その時点でシンからすると驚愕するべき事実なのだが、彼の表情は剣をぶつけ合う中で笑みを浮かべていた。


(私とこれだけ対等に渡り合えたのは、君が初めてだよ! ウィード君!)


 同学年では成績2位の生徒ですらシンには遠く及ばない。

 今年のトップ4に大きな期待を持っていたが、1位のラスタも現時点では自分には及ばないと、授業で一目見た時にはわかってしまった。

 これ以上アルカンダ騎士学園での成長は見込めないと思い始めていた頃、まさかの人物が目に飛び込んできた。

 明らかに実力を隠していたが、シンの目は彼の動きが誰よりも洗練されていることに一目で気づいた。


「……ふふ、はははっ! 楽しいよ、ウィード君!」

「俺は全く、そんなことないですけどね!」


 笑い方が変わるほどに大将戦を楽しんでいるシン。そして楽しんで戦えているからこそなのか、彼の動きは徐々に鋭く、力強くなっていく。

 それについていっているウィードも異常な強さなのだが、彼の地の強さから見ればそろそろ限界に近づきつつあった。


「まだだ! まだまだ、私はやれるぞ!」

「こっちは限界だっての! くそっ、こうなったら――!」

「なあっ! こ、これは――!?」


 ウィードは子供の頃から母親に付き従ってハルフォード領内の見回りに参加していた。

 地の実力だけを見れば、ウィードは同行していた全ての騎士と比べて断然劣っていただろう。

 しかし、それでいてなお同行を許されるだけの理由を持っていた。


「魔導闘技、解放!」


 体内で練り上げていた魔導闘技の魔力を、今ここで解放させた。

 魔導闘技を扱える者は先天的なものであり、騎士の中でもそう多くはないが、その種類は多く確認されている。

 ルキオスのように身体能力を向上させるものや、三年生Aチームの先鋒が使ったように相手の魔力を霧散させるもの。

 そして、ウィードが得意としている魔導闘技は――視覚強化。

 強化される力としてはそこまで重宝されるようなものではないが、ウィードの場合は目で見たものへ対応するために必要な剣の技術を持っている。


「すごい、すごいよ、ウィード君! 私の剣が――全て受け流されている!」


 加速し、重くなる自らの剣の全てに対応していくウィードを見て、シンの興奮は最高潮に到達する。

 その中でウィードの動きは彼よりも早く、的確に一切の狂いなく剣を添わせて捌き、受け止め、反撃を見舞っていく。

 興奮したシンは体に傷が増えようとも気にすることなく、短期決戦だと言わんばかりに前に出てきた。


(これは――好機!)


 短期決戦はウィードも求めていたもので、真正面からシンの剣を突き崩す決意を固めた。


「この野郎おおおおおおおおぉぉおおぉぉっ!!」

「うおおおおおおおおぉぉおおぉぉっ!!」


 ウィードとシンが咆えた。

 この時点で、二人の動きを捉えられていたのは誰一人としていなかった。

 しかし、もうすぐ決着するだろうことは実力者から見れば明らかであり、固唾を飲んで見守っている。

 どれだけ激しい剣戟音が鳴り響いていただろうか。そのことを把握している者も、誰一人としていなかった。そして――


 ――キンッ!


 一際甲高い、そして乾いた音が大修練場に響き渡った。

 二人の姿は舞台の中央にあり、片方の手の中には剣が握られており、もう片方の手は空っぽになっている。


 ――ザンッ!


 打ち上げられた剣が舞台に突き刺さり、剣を手放した方が口を開いた。


「……私の負けだよ、ウィード君」

「……ありがとう、ございました」


 こうして、学年対抗戦の決勝大将戦は終了した。

 一拍遅れての大歓声を全身に浴びながら、ウィードはシンと固い握手を交わしたのだった。

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