第10話:ゼル・カイエン

 ウィードが口を挟む間もなく話はとんとん拍子に進んでいき、気づけば移動してきたばかりの大修練場へ移動することになってしまった。

 多くの生徒がゼルを応援し、ウィードをひと睨みしてから教室をあとにする。

 最後まで残っていたウィードはため息をつきながら立ち上がると、一緒に残っていたダンを睨みながら声を掛けた。


「先生。どうしてこんな面倒なことに巻き込むんですか?」

「あぁー? そりゃお前、実力があるからだろう」

「いやいや。俺の成績は知ってますよね? あの成績で実力があるだなんて、普通は思いませんよ?」


 全体で見たウィードの成績は真ん中くらいだ。もちろん、意図してこの位置をキープしているのだが、ダンにとっては全く関係のないものだった。


「俺は自分の目で見たものしか信じないからな。お前は実力を隠している。それをさっきの模擬戦で確信したんだよ」

「……というか、どうしていきなり俺と模擬戦をしようだなんて思ったんですか?」


 ウィードからすると、そこが一番の疑問点だった。

 他の生徒たちの相手が決まっていたのなら三分の一で当たってしまったと思えなくもないが、実力を見るのであればトップ4のルキオスやロキであってもよかったはず。

 あえて成績上はそこそこの実力しかないウィードを選ぶ理由がわからなかった。


「そりゃお前……俺様の勘だな」

「……はい?」

「こう見えて、実力を見抜く目を期待されて教官に抜擢されたんだぜ? 若造がいくら実力を隠そうとしても、俺には隠せないってことだな!」


 そう口にしたダンは、最後にウィードの背中をバンと叩いて教室をあとにした。


「……マジかよ。これ、俺が負けたら絶対に何か言われるパターンじゃないか?」


 この後に及んでまだどうにかできないかと考えていたウィードだが、それすらも諦めるしかないと重い足取りで大修練場へ向かったのだった。


 舞台上にはすでにゼルが自らの身長を上回る巨大な木斧を手にしていた。

 舞台の周囲には多くの生徒が集まっており、間近で決闘を見届けようとしている。

 その中でルキオスとロキは舞台に一番近いところを陣取っていた。

 ルキオスは大声で声援を送っており、ルキは腕組みをしながら黙ってウィードを見ている。

 ラスタは言わずもがな壁にもたれて興味なさそうに見つめているが、ゲイルは笑みを浮かべて小さく拳を握り無言の声援を送ってくれた。


(……俺としては、ゼルが俺を負かすくらいの実力を持っていて欲しいんだけどなぁ)


 今日までずっとゼルに興味を持っていなかったウィードは彼の実力を全く知らない。

 成績5位というのを教室で耳にしたくらいなので、トップ4に劣らないくらいの実力であって欲しいと願うばかりだ。


(あー、でも、ロキが実力差があり過ぎるとか言ってたっけ。……こりゃ、腹を括るしかないかなぁ)


 やや諦めにも似た感情のまま舞台に上がったウィードは、いつものように木剣を片手に持っている。

 そんな彼の態度を見たゼルはニヤリと笑い、まるで自分優位だと言わんばかりにこう言い放つ。


「なんだ、すでに諦めの境地なのか? もしそうであれば、この場で誠心誠意謝罪をするのであれば、許してやらんこともないぞ?」

「ん? いや、面倒だなって思っているだけだが?」

「……はあ?」

「それに、謝るも何も、俺は代表に名乗りをあげたわけじゃないし、先生に言われただけだ。だから、謝罪を求めるなら俺にじゃなくて先生に求めるべきじゃないか? ……まあ、知らんけど」

「……き、貴様ああああぁぁっ!」


 肩を竦めながらウィードがそう口にすると、ゼルは顔を真っ赤にさせて怒りを露わにする。

 とはいえ、この程度の挑発で冷静さを失う時点でゼルの実力はたかが知れている。

 ロキの言葉だけではなく、自分でもゼルの実力を理解してしまったウィードは、舞台上でもため息をついてしまった。


「絶対に、叩き潰してやる!」

「あー、もういいか? それじゃあ決闘を始めるが、致命傷を与えるような攻撃をした時点で、そいつが失格だ。そこは学年対抗戦のルールを採用する。あとはまあ……負けを認めるとか、戦意喪失、気絶とかがあればそこで終了だ」


 最後の説明だけはあっさりとしていたが、ゼルは問題ないと言わんばかりに大きく頷いて木斧を構える。

 それを見たウィードも木剣を構える――ことはなく、ただダラリと剣身を下げたまま真正面にゼルを見据える。


「……ふざけやがって!」

「それじゃあ始めるぞー。んじゃあ決闘――始め!」


 木斧を振り上げて一撃で仕留めようという魂胆のゼルだったが、直後には彼の意識は吹き飛んでいた。


「――か……はっ⁉︎」

「遅いんだよ」


 ゼルはただ木斧を振り上げただけで、その場から一歩も動いていない。

 しかし、ウィードはその間に一歩を踏み切ってすれ違いざまに木剣を振り抜き、絶妙な力加減で首筋に一撃を加えて意識を奪っていた。


「はいー、しゅーりょー。Aチーム最後の代表者は、ウィード・ハルフォードで決定だ。……異論は認めんぞ、いいな?」


 最後の最後、ダンは覇気を生徒たちに飛ばしたこともあり、誰からも異論が飛び出すことはなかった。

 ルキオスとロキ、ゲイルが笑みを浮かべ、ラスタは一足先に大修練場をあとにする。

 そんな中、Aチームに選ばれた中で唯一ウィードだけは、納得し難いものを感じていたのだった。

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