第7話:ゲイル・キュリオス
授業を終えたウィードは、毎度のようにアルカンダの街中へ向かっている。
それも全て女性とお近づきになるためなのだが……全くと言っていいほどに成果はなかった。
初日と同じでこちらから声を掛けたとしても、何故か悲鳴をあげながら逃げられてしまう。
何もしていないはずなのだが、何故か逃げられてしまうのだ。
「……俺、笑顔も怖いのか? 実は、イケメンじゃなかったのか?」
自分の顔面に自信を失いかけていたウィードは、大きく肩を落としながら騎士学園の寮に戻ってきた。
すでに日は沈んでおり、門限ギリギリの時間になっている。
このまま部屋に戻ってふて寝でもしてやろうと思っていたのだが、寮の中庭で槍を振っている人物を見つけて立ち止まった。
「……お前、毎日ここで槍を振ってないか?」
珍しくウィードから声を掛けた相手は、トップ4に名を連ねる赤髪の青年だった。
「……今戻りか、ウィード殿」
「……あんたは変わらないなぁ。爵位も実力もあんたが上なんだから、俺に殿とかいらないだろう――ゲイル・キュリオスさん?」
キュリオス伯爵家の嫡男であり、槍術の天才と言われているゲイルは、周囲の評価を受けてなお努力を欠かしたことがない実直な男だ。
そんな男だからこそ、トップ4の中でも一番の人気を得ており、何より女性人気が高い。
ウィードからするとライバルといえなくもないが、彼からはラスタやロキのような敵意を感じることがないので、こうして普通に話し掛けるくらいの関係を築けていた。
「ふっ。ウィード殿こそ、さん付けは必要ないだろう。私たちは同じ学生なのだからな」
「冗談だよ。じょーだん。……それにしても、マジで毎日振ってないか?」
「まあな。天才と呼ばれている俺だが、その全ては毎日の努力から形作られている。だからこそ、こうして毎日槍を振り続けているのだよ」
「はいはい。こうして真面目だからこそ、ゲイルには敵がいなくて味方が多いんだろうなぁ」
「ウィード殿もどうだ? 私としては、相手がいてくれると非常に助かるのだがな」
鍛錬の誘いを受けたウィードだったが、今日はもうふて寝をすると決めている。
「いいや、止めておくよ。俺はもう、落ち込み過ぎて剣を握る余力は残っていない」
「ふむ、そうか。しかし……何をそんなに落ち込んでいるのだ?」
汗を拭いながらそう口にしたゲイル。
しかし、ゲイルは実直なだけではなく、非常に真面目な男でもある。
さらに言えば、ゲイルはトップ4の中でもウィードにとって一番面倒な相手と行動を共にしている。
ここで女性目当てに騎士になったのだと口にすると、だいぶ面倒なことになるかもしれないと考えてしまう。
「……もしや、女性問題かな?」
「うぐっ!? ……ど、どうして、そのことを?」
「ウィード殿が女性を探していたと、ラスタから聞いていたからな。そうじゃないかと思ったのだよ」
そう、ゲイルはラスタと行動を共にしている。
ゲイルとラスタは爵位こそ違うが家同士の付き合いもあるくらい仲の良い関係だ。
剣術の天才と槍術の天才が常に行動を共にしているという状況は、周囲から見ると羨ましい限りであり、女性からすれば魅力的な異性が二人も揃っているとあって、貴族の間では争奪戦が繰り広げられているとか、いないとか。
とにかく、ウィードからするとラスタと共にいるという時点で面倒なことだった。
「……なんだよ、悪いか? 俺は素敵な女性とお近づきになりたくて、騎士になったんだよ!」
「私たちはまだ、騎士見習いだがな」
「これからなるんだよ!」
「ふっ、それもそうだな。まあ、私としてはウィード殿が女性とお近づきになりたいから騎士になるとしても、問題はないと思うがね」
「……そ、そうなのか? お前は騎士道精神がー! とか言わないのか?」
予想外の反応に少々拍子抜けしてしまったが、どうやら本音だったようだ。
「騎士になれるかどうかなど、私たちが決められるものではない。最終的に騎士になれたのなら、その者の歩んできた道は正しかったということだよ」
「……すまん、意味がわからん」
「そうか? まあ、私はウィード殿が不純な理由で騎士を目指していたとしても、咎めることはしないということだよ」
「不純ってお前なぁ。……いやまあ、そうなんだけどさ」
頭を掻きながらそう口にしたものの、これ以上は何かを言い返すことも無意味だと思い口を噤む。
何故なら、ゲイルの言っていることに間違いはないからだ。
「……んじゃあ、俺は行くわ」
「そうか。残念だ」
くすりと笑みを浮かべたゲイルに見送られ、ウィードは寮の中へ戻ったのだった。
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