第6話:ロキ・フォンターナ
アルカンダ騎士学園の授業内容は多岐に渡る。
武術の鍛錬は当然ながら、座学や魔導士を相手に戦う方法なども学び、実際に模擬戦を行うことも少なくはない。
その中には生徒同士の模擬戦も当然ながら含まれており、ウィードも何度か模擬戦をこなしながら、勝ったり負けたりを繰り返していた。
「……なあ、ウィード。お前、なんで手を抜くんだ?」
「なんだよ突然。俺がいつ手を抜いたっていうんだ?」
廊下を歩きながらルキオスにそう問われ、ウィードは首を傾げながら問い返した。
「いや、この前はあいつに勝っておいて、なんで今日は負けてるんだよ。あり得ないからな?」
「……あいつって誰のことだ?」
「……は? まさか知らないのか? ……いや、ウィードは俺のこともすぐにわからなかったし、意識してなかったならわからないのも理解できるかも……」
「……おい、ルキオス! 勝手に納得してないで教えろよ、あいつっていったい――」
「見つけたぞ! ウィード・ハルフォード!」
ルキオスのことを問い詰めようと声をあげたその時、別のところから怒気のこもった声で名前を呼ばれた。
何事だと思い振り返ると、そこにはルキオスがあいつと言っていた、白髪とは真逆で褐色肌の人物が睨みを利かせながら立っていた。
「あー……誰だ?」
「やっぱり、知らなかったかー」
ウィードが困惑を隠せない隣では、ルキオスが片手で顔を覆いながら呟く。
「き、貴様! 俺を……ロキ・フォンターナを知らないって言うのか!」
「おう、知らないなぁ」
「んなあっ!? ……おい、ルキオス!」
「うえぇっ! お、俺かあ!?」
「当り前だ! お前がこいつと一緒にいて、どうしてこいつは俺のことを知らないんだ!」
「なんだ、ルキオス。お前の知り合いか?」
「「そうだけど違う!」」
二人のやり取りを聞きながらそう口にしたウィードだったが、何故か二人同時に否定されてしまった。
「……いや、意味がわからん」
困惑が深まる中、ふと周囲の声がウィードの耳に届いてきた。
「――なあ、あの褐色肌の奴って、騎士爵家の奴じゃないか?」
「――たかが騎士爵のくせにトップ4とか、あり得なくないか?」
「――それを言うなら男爵家のあいつもそうでしょう?」
その声はロキだけではなく、ルキオスも罵るようなものばかりだ。
それだけでウィードは、この二人が嫌でもお互いの存在を知ることになったのだと理解した。
「……とりあえず、ここじゃあなんだから場所を移して話をしようか?」
「う、うるさい! 俺はお前を絶対に超えてやる! 俺は実力でトップ4の座を手に入れたんだ、貴様のような運だけで入学できた奴とは違うんだからな!」
そう吐き捨てると、ロキはさっさとこの場をあとにしてしまった。
いったいなんだったのか、それを確認したかったウィードだが、その答えはルキオスから口にされた。
「授業でロキと対戦したのを覚えていないのか?」
「……えっ? そうだったのか?」
「やっぱり覚えていなかったかー。ロキはお前に負けた。だからお前の実力を認めていたんだが、今日の模擬戦では別の奴に負けただろう? それが許せなかったんだよ」
ロキの実力は本物だ。
二振りの剣を巧みに操るだけではなく、高機動による連撃と回避で敵を血祭りにあげ、返り血すら浴びない美しい戦い方が有名になっている。
爵位が低いというだけで侮られることも多いが、それらの侮蔑を跳ね返しながら腕を磨き、アルカンダ騎士学園ではトップ4の座を勝ち取っていた。
そんなロキが同じトップ4ではなく、その他大勢の新入生の一人に負けたのだから、本人としては悔しい以外の何ものでもなかっただろう。
隠れた実力者だったのかと思いきや、そいつが力を出さずしてその他大勢に負けた姿を見て激怒してしまったのだ。
「あいつはずっと見下されてきたから、ウィードに負けたのが本当に悔しかったんだろうよ」
「うーん、そう言われると、悪いことをしてしまったかなぁ。今日の奴じゃなくて、あいつに負けてやるべきだったか」
「……いやいや、常に本気を出してやればあいつも納得するんじゃねぇか?」
「嫌だよ。面倒くさいし」
「……お前なぁ」
「そんなことよりも、飯にしようぜ! 俺は腹が減って仕方がないんだよ!」
そう口にしながら歩き出したウィードの背中を見つめ、ルキオスは小声で呟く。
「……俺もウィードとやったら、負けるのか?」
「おーい! マジで先に行っちまうぞー?」
「……おぉー、すまーん!」
心の中で、ウィードとは一度真剣に戦ってみたいと思ってしまうルキオスなのだった。
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