第4話:ラスタ・レミティア

 今年のアルカンダ騎士学園は非常に盛り上がっていた。

 それは何故か? 貴族の間でも有名になっていた、同年代の天才たち四人がこぞって入学してきたからだ。

 その筆頭として名前が上がっていたのが、ウィードと模擬戦を行ったラスタ・レミティアである。

 彼は入学式でも新入生総代として、全校生徒の前にたち挨拶を行っていた。

 多くの新入生が彼のようになりたいと目標に掲げ、二年生や三年生は新入生に負けていられないと気合いを入れ直している。

 一方で、そんなラスタと模擬戦で数合打ち合ったウィードはといえば、全く注目されていなかった。

 自ら存在を消していたというのも理由の一つだが、最大の理由はやはり四人の天才たちだろう。

 剣術の天才ラスタ・レミティア。槍術の天才ゲイル・キュリオス。疾風迅雷ロキ・フォンターナ。剛拳ルキオス・シュリスタ。

 実力もさることながら、彼らは容姿端麗であり、ひとたび街に姿を現せば多くの女性から声を掛けられており、ウィードとしては羨ましい限りである。

 学園側としては他にも有力な新入生が多くいるとなれば、今年は豊作だと言わざるを得なかった。


「――……あぁー、やっと終わったかー」


 大修練場から退場しながら、ウィードは大きな欠伸をしていた。

 話自体は聞いていたが、どうにも右から左へ聞き流してしまいあまり頭に残っていない。

 しかし、その中で唯一と言えるかもしれな残っている言葉というのが、校長からの一言だった。


『――武術以外のことにうつつを抜かさないように』


 それはつまり、恋愛をしてはいけないということだとウィードは理解した。


(いやいや、そんなもん無理だからな? そもそも女性騎士とお知り合いになりたい……あれ? そういえば、女性騎士を見たことがないんだが?)


 そう思い周囲に視線を向けるが、やはり女性の姿がどこにも見当たらない。

 思い返せば入学試験や合格発表の日、あの時にも女性の姿はどこにもなかった。


(……えっ? 嘘だろ、まさかなぁ?)


 道の真ん中で一人考え込んでいると、突如として名前を呼ばれてしまう。

 それが女性の可愛らしい声であれば嬉しかったのだが、どうもそうではないようだ。


「ウィード・ハルフォード!」

「……はぁ。なんだよ、いったい……あれ? あんた、確か新入生総代の……なんだっけ?」

「んなあっ⁉︎ ラスタ・レスティアだ! 入学試験で対戦した相手の名前も覚えていないのか!」


 声を掛けてきたのは、まさかのラスタだった。

 新入生総代で今年一番の注目の的であるラスタから声を掛けられたことで、周囲の視線がウィードにも集まってしまう。


(あちゃー。面倒だなぁ。こいつ、なんでこんなところで声を掛けてくるんだよ)


 あからさまに嫌な顔をしてしまったからか、ラスタはムッとした表情でウィードとの距離を詰めていき、あと一歩踏み込めばぶつかってしまうというところで立ち止まった。


「……な、なんだよ?」

「……貴様、どうして入学試験の時に手を抜いた?」

「……な、何を言っているんだ? あれは俺の本気で、手を抜いてなんていないんだが?」

「……ふざけているのか? 俺の初手を防いだだけでなく、その後の攻撃も難なく受け止めていた。なのに、何故牽制の切り上げなんかで剣を落とす? 意味がわからんだろう」


 ラスタが凄腕だったからこそ、ウィードが手を抜いたことを見抜かれてしまった。

 入学するだけが目的であれば何も言ってこなかっただろうが、ラスタは違った。彼は剣術に身を置き、極め、騎士の中のトップに立ちたいという野心を持った、正真正銘の騎士だったのだ。


「……何度も同じことの繰り返しで申し訳ないが、俺は本当に手なんか抜いていない。そもそも、お前を相手に手を抜けるはずがないだろう。そうじゃないのか? 剣術の天才、ラスタ・レミティア殿?」

「貴様、挑発しているのか?」

「そんなつもりはない。俺は事実を口にしているだけだ」


 肩を竦めながらそう言い放つと、ウィードは面倒くさそうな顔をする。


「もういいか? 俺は忙しいんだよ」

「待て、どこに行く!」

「どこも何も……あー、あれだ。どこを見ても女性の姿がないから、ただ気になっただけだよ」

「……貴様、何を言っているんだ?」


 こう言っておけば騎士道精神を重んじるラスタが自分に落胆して去っていくと思ったウィードだったが、何故か可哀想なものを見る目をされてしまった。


「何をって……どういうことだ?」

「アルカンダ騎士学園は女子禁制。つまり――男性しか入学を許されていない学園だろうが」

「…………はい?」


 まさかの事実に、ウィードは口を開けたまま固まってしまった。

 騎士学園はアルカンダだけではなく、多くの都市で設立されている。しかし、ほとんどの学園で共学だったと記憶している。

 まさか、王都にありどこよりも有名なアルカンダ騎士学園が女子禁制だとは夢にも思わなかったのだ。


「ちなみに、こことは別にアルカンダ女性騎士学園も存在しているぞ?」

「……ちょっと待て、初耳なんだけど⁉︎」

「……はぁ。もういい。声を掛けてすまなかったな」

「おい! ちょっと待て! 俺の努力はいったいなんだったんだよおおおおぉぉっ‼︎」


 目的通りにラスタからの落胆を獲得できたウィードだったが、予想外の事実を置き土産にされ、こちらがより落胆してしまうのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る