第3話:エリー・コレント
翌日、大修練場に三の鐘に訪れたウィードは、アルカンダ騎士学園に合格したことを確認すると、早速修練へ向かう――わけではなく、そのまま王都の街中へと繰り出した。
理由はただ一つ、王都の素敵な女性とお近づきになるためだ。
「ここで素敵な女性を助けていいところの一つでも見せることができたら、俺にも素晴らしい出会いが訪れるってもんだ!」
騎士学園への入学はすでに決定している。多少騎士道精神に背く行為をしたとこで、それが取り消しにはならないだろうとたかを括っていた。
「――ちょっと! 何をするのよ!」
ウィードが観光をしながら王都を散策していると、おあつらえ向きな声が筋道の奥から聞こえてきた。
すかさず駆けつけると、そこでは身綺麗な女性がガラの悪い男たちに絡まれているところだった。
「おいおい、あんたたち。何をしているんだ?」
「あぁん? てめぇ、何者だぁ?」
「こっちは取り込み中なんだ、邪魔をしないでもらおうかぁ?」
「た、助けて!」
女性の助けを求める声を受けて、ウィードの期待はさらに高まった。
「王都だからといって、治安がいいわけじゃないんだなぁ。いいぜ、お嬢さん。俺が助けてあげるよ」
「はあ? そんな痩せっぽちの体で、俺たちを相手にしようってのかぁ?」
「ギャハハ! 兄貴! こいつバカだぜ、バカだ!」
ウィードよりも頭ひとつ大きい猫背の男が睨みつけ、小太りで出っ歯な小男が下品な笑い声をあげた。
「いいぜ、来いよ。叩き潰してやるぜ」
「おい、やっちまえ!」
「ギャハハ――はえ?」
猫背の男が小男に指示を出すと、小男は変わらない笑い声をあげて突っ込んでいく。
しかし、直後には視界がひっくり返ると、頭から地面に叩きつけられた。
「ぎゃべあっ⁉︎」
「て、てめえっ! ぶっ殺してやる!」
「やれるもんならやってみろよ!」
「いい気になっていられるのも、今だけだぜぇ!」
猫背の男が懐からナイフを取り出すと、振り回しながら突っ込んできた。
「ったく、さっきの小男と同じパターンかよ」
「うるせえっ! 死にやが――げがっ⁉︎」
ナイフがウィードを捉えようとしたタイミングで、彼は猫背の男の手を取り素早く捻りあげる。
苦悶の声が漏れ聞こえるのと同時に、カランと音を立てて手の中からナイフが地面にこぼれ落ちた。
「そのままあんたの右腕を折ってやろうか?」
「や、止めてくれえっ! もうしないから、助けてくれえっ!」
「……どうするよ、お嬢さ……あれ?」
格好良く決まったと思い振り返ったウィードだったが、そこに助けたはずの身綺麗な女性の姿はどこにもなかった。
まさか助けた相手に逃げられるとは思っておらず、ウィードは何が起きたのか理解できずにしばらく固まってしまう。
腕を捻りあげられながらその様子を見ていた猫背の男は、隙を見て逃げ出せないかと体を動かそうとしたのだが――
――ゴキンッ!
「ぐがああああぁぁっ⁉︎」
「はああぁぁぁぁ。……なんだよ、骨折り損じゃねえかよおおおおぉぉっ!」
ウィードは大きなため息をつきながら、右腕を折った猫背の男のその場に転がして筋道から離れていった。
――……結局、王都の散策は不発に終わり、ウィードは夕日に照らされるベンチに腰掛けて、流れていく川をただボーッと眺めていた。
助けた相手が怖がって逃げていくのは理解できても、まさか自分から声を掛けただけで逃げられるとは夢にも思わなかった。
「……俺の顔って、そんなに怖かったっけ?」
自分の顔に自身がなくなり掛けていた、ちょうどその時である。
「――あんた、何をやっているのよ!」
そこへ何者かが声を掛けてきた。
それが女性の声であると脳が理解した途端、ウィードは弾かれたように立ち上がり笑顔で振り返った。
「何か御用ですか、お嬢さ……あー、なんだ、お前か」
「お、お前とは失礼ね! これでも私は公爵令嬢なんですからね!」
姿を現したのは、銀髪が夕日に照らされて美しく輝いている細身の女性だった。
「はいはい、そうでございますね。それで、公爵令嬢のエリー・コレント様が、たかが男爵家の三男になんの御用でございましょうか?」
明らかに立場はエリーの方が上なのだが、ウィードは普段と変わらない口調で話し掛けている。
それをエリーも咎めることはなく、むしろ言葉使いという面でいえば彼女の方が強気な発言を繰り返していた。
「な、何よ、その話し方は!」
「すみませんねぇ。これが俺なもんで」
「ふん! ……まあいいわ。あなた、今日は王都の女性を助けたそうじゃないの」
「……は? なんでそのことをエリーが知っているんだ?」
「そ、そんなことはどうでもいいのよ! いいかしら、ウィード。女性を助けるのはいいことよ。騎士になるにはとっても大事なことだからね。でも……でも!」
「……でも、なんだよ?」
何故かそこで言葉を詰まらせてしまったエリーを見て話を続けるよう声を掛けたが、そこからなかなか話が進まない。
どれだけ待ってもエリーから言葉が出てくることはなかったので、仕方なくウィードは泊まっている宿屋に戻ろうと歩き出した。
「あっ! ちょっと、ウィード!」
「話がないなら行くぞー?」
「まだ話は終わっていないわよ! 待ちなさい、ウィードー‼︎」
――この二人、実は幼い頃に顔を合わせているのだが、そのことをウィードが知るのはもう少しあとの話となる。
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