第一章:一年生
第2話:入学試験
ハルフォード男爵領を出て馬車に揺られながら、ウィードは入学試験について考えていた。
騎士学園を目指すと決めてからは入学試験のことや、入学してからの授業内容についての情報をできる限り集めており、目立たず合格できるよう対策を練ろうと考えたのだ。
「入学試験は毎年、志望者同士の模擬戦かぁ。何を基準にしているのかはわからないが、必ずしも勝者が合格して敗者が不合格になるわけでもないみたいだな」
実力なのか、将来性なのか、騎士道精神なのか、それとも別の何かなのか。
実力であれば全く問題がないとウィードは考えている。何せ自称天才騎士だからだ。
将来性という面で見ても、天才なのだから全く問題はない。
ただし、もしも騎士道精神を見ているとなれば大いに問題が生じてしまう。
「……女子にモテたいって理由は、騎士道精神に反するのか?」
……わからない。ウィードがどれだけ考えても、女子にモテたいという想いが騎士道精神に反しているのか判断がつかなかった。
「……隠そう」
故に、わからないのであればひた隠しにして、まずは入学試験に合格することを優先すべきだと考えた。
「どうしても騎士になりたい青年を演じればいいんだろ? それで、それなりの実力を見せつければきっと大丈夫だろう」
ウィードによる入学試験対策は、これで終了となった。
◆◇◆◇
――対策を練ってから数日後、ウィードを乗せた馬車はついに王都アルカンダに到着した。
馬車は検問を通るとそのままアルカンダ騎士学園まで向かい、そこで御者とはお別れだ。
ここまでの間、特に会話が弾んだわけでもなく、最後も会釈だけでお別れとなってしまい、つくづくハルフォード家からも、その使用人からも嫌われているんだなと実感させられてしまう。
「まあ、今に始まったことじゃないさ。それに、これからの俺は自由なんだからな!」
それもこれも騎士学園への入学試験に合格すればの話なのだが、そこに関してウィードは全く心配をしていなかった。……何せ、自称天才騎士だからだ。
「失礼します! 入学試験のために訪れたハルフォード男爵家の三男、ウィード・ハルフォードと申します!」
門番にそのように告げると、次いで父親が用意してくれた書類を取り出して手渡す。
「……よし、通れ! 試験会場は右に見える大修練場だ! いいか、変なところへ向かうんじゃないぞ!」
「はい! ありがとうございます!」
完璧に騎士を目指す純粋無垢な青年を演じられたと自画自賛しながら、ウィードは言われた通りに大修練場へと向かった。
大修練場にはすでに多くの志望者が集まっており、入学試験もすでに開始されていた。
毎年のことだが、あまりに志望者が多いため人が集まり次第で入学試験を開始し、その都度志望者同士の模擬戦を行っている。
大修練場に到着してからも純粋無垢無垢な青年を演じ続けていたウィードは、文句の一つも言わずに順番が回ってくるのを待っていた。
「――次! ウィード・ハルフォード!」
「はい!」
名前を呼ばれたウィードが元気よく返事をし、大修練場の舞台に上がり中央へ歩いていく。
「――次! ラスタ・レミティア!」
「はい!」
次いでウィードの対戦相手の名前が呼ばれたのだが、その時だけは周囲の志望者たちから驚きの声があがり、続いて金髪金眼の偉丈夫が舞台に上がってきた。
(……なんだ? 有名貴族か? レミティア……レミティア……あぁー、侯爵家かぁ)
レミティア家は侯爵家に名を連ねる名門貴族だ。
そして、ラスタ・レミティアはレミティア家の嫡男であり、さらに剣術の天才として貴族の間では有名な人物でもある。
(……これは、使える!)
周囲の志望者たちは、あのラスタの剣術が見られると興奮気味だが、ウィードだけは全く違うことを考えていた。
「それでは入学試験を開始する」
「「はい!」」
お互いに手にしているのは木剣だが、周囲の視線はラスタにだけ集中している。
「それでは――始め!」
試験官の合図と同時に仕掛けてきたのは――ラスタだ。
周囲はラスタの剣術を見たいと思っていたが、見せる剣を入学試験で、それも対戦相手がいる場で行うのは騎士道精神に反するとラスタは考えている。
故に、勝利を確実に手にするための先手必勝の剣を繰り出したのだ。
ラスタの動きを目で終えた者がどれだけいただろうか。大半の者が彼の姿を見失い、目で終えた者は対戦相手が舞台に倒れている姿を想像したかもしれない。
しかし――後者に関してはこの場にいる全ての者の予想を覆す結果が待っていた。
――ガキンッ!
「――!?」
「うおっ! 重たい剣だなぁ」
ラスタが仕掛けた先手必勝の一撃を、ウィードな苦もなく受け止めていたのだ。
驚きの声を漏らしているウィードだが、それ以上に内心で驚愕しているのはラスタの方だった。
しかし、彼も剣術の天才と呼ばれてきた男である。
先手必勝の一撃は止められたものの、そこで動きが止まるわけではない。
二撃目、三撃目と攻撃を繰り出していくが、それすらもウィードは受け止めてしまう。
ラスタがここに至るまでの間、多くの同年代の者たちと模擬戦を繰り返してきたが、これだけ打ち合えるものがどれだけいただろうか。
彼は今が入学試験であることを忘れて剣術に没頭しようとしていた――その時である。
――カンッ!
「うわあっ!」
「……な、何?」
鋭く振り抜かれたラスタの切り上げがウィードの木剣を打ち上げ、あまりの威力に手を離してしまった。
ウィードの木剣が舞台に落ちて乾いた音を大修練場に響かせる。
「それまで! 合否の発表は明日の六の鐘、この場で行うこととなる! 時間に遅れないよう集まるように!」
「はい! ありがとうございました!」
「……はい。ありがとう、ございました」
天才と名高いラスタとこれだけ打ち合えば合格間違いなしだろう。そう内心でほくそ笑みながら、ウィードは舞台を下りて大修練場を去っていく。
「……ウィード、ハルフォード」
そんな彼の後ろ姿を、ラスタは見えなくなるまで睨み続けたのだった。
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