騎士はモテるようですが、俺だけ例外ですか?

渡琉兎

第1話:プロローグ

「――女子に、モテてえよおおおおぉぉおおぉぉ!!」


 一人の青年が、海に向かってそんなことを叫んでいた。

 周囲に人影はなく、彼の叫びは誰の耳にも届いていないだろう。

 ……というか、この場に誰かいたならば、彼は完全に不審者だったかもしれない。


「……ああぁぁぁぁ。俺ってなんでこんなにモテないんだ? ってか、顏はまあまあイケてるよなぁ? 自分でいうのもなんだけど、中の上くらいのイケメンだよなぁ?」


 美しく艶のある黒髪が海風に煽られてサラリと揺れ動くと、前髪で隠れていた鋭い目元が顔を覗かせる。

 身長も180センチと平均より高く、傍から見ればイケメンの部類に入るだろう。


「……あれか? 俺が田舎貴族で、たかが男爵の三男だから誰も振り向いてくれないのか? それとも妾の子供だから敬遠しているのか? ふっざけんじゃねえっての!」


 生まれは男爵家だが、彼は妾の子として正妻やその子供たちから避けられており、家では不遇の立場となっている。

 当主の責任なのだが、彼の父親も正妻の子供で嫡男が跡を継ぐのが正当であると思っていることから、彼に対してはほとんど興味を持っていない。

 このままの状態が続けば、女子にモテるどころか一生を独身で暮らすことになるかもしれない。


「……嫌だ。それだけは、ぜっっっったいに嫌だ! 俺はなんとしてもモテたいんだ、女性とお近づきになりたいんだよおおおおぉぉおおぉぉっ!!」


 再び海へ思いの丈を吐き出した彼は、しばらく海を見つめたあと、このままでは何も変わらないと理解しており大きくため息をついた。


「……はああぁぁぁぁ。やっぱり、何かしら行動を起こさないとどうしようもないよなぁ。とは言っても、俺にできることといえば……これしかないんだよなぁ」


 彼は腰に提げていた剣に右手で触れると、美しい所作で鞘から抜き放つ。

 目の前に剣身を立たせて真っすぐに見つめ、磨かれた表面に自らの顔が移り込む。


「……うん、やっぱりイケメンだわ、俺って」


 自分の顔を確認した彼は、その場で軽く剣を振っていく。

 美しい剣舞を誰もいない海岸で舞い踊る姿は、誰かが見ていれば剣の化身かと見紛うほどだったかもしれない。

 そして、一通り剣舞を終えた彼が一息つくと、自分の中で決心を固めた。


「……家を出るか。ハルフォード家にいたところで、母様かあさまが亡くなった今じゃあ、俺は飼い殺されるだけだしな。家を出たら騎士にでもなって、女子とウハウハな関係を築くんだ!」


 ものすごく不純な動機ではあるが、それがハルフォード家の三男であるウィード・ハルフォードが騎士学園を目指すきっかけになっていた。


「……待てよ? でも、俺は剣の天才だ。そんな俺が本気でやったら騎士団からのスカウトで引く手あまたになるだろう。それだけは避けなければならないぞ」


 忙しさにかまけて女子と出会う場を逃したくはないと、ウィードは考えていた。


「……よーし! ある程度の実力で入学試験に合格して、ある程度のやる気で授業をこなし、ある程度の成績を収めて卒業までこぎつける! これで俺は騎士でありながら、女子との出会いを求めて動き回れる存在でいられるはずだ!」


 ここまでの話は全てウィードの妄想であり、実現するかどうかは定かではない。

 しかし、彼がハルフォード家にいることを当主も、正妻とその子供も良しとしてはおらず、騎士学園を目指すという想いは問題なく通るだろうと考えていた。


「そうと決まれば早速、屋敷に戻って父上に話してみるか!」


 時間はすでに夕刻に迫っている。そんな時間に男爵家の子弟が護衛も付けずにたった一人、屋敷から離れた海岸沿いにいるのもおかしな話である。

 それだけウィードは不遇の立場にいるということの証拠でもあった。


「――父上! 俺は騎士学園への入学を目指そうと思う!」

「ん? そうか。わかった、手続きをしておこう」


 屋敷に戻ったウィードが父親と対面し、開口一番で伝えると思惑通りすぐに許可が下りた。


「そのまま寮に入るのだろう?」

「はい!」

「わかった。……そのまま、あちらで騎士の職に就くのか?」

「はい!」

「……いいだろう。そこまでは面倒を見てやるから、以降は自分でどうにかしなさい」

「はい! ありがとうございます!」


 ――こうして、ウィード・ハルフォードという自称天才騎士が、王都にあるアルカンダ騎士学園の門を叩くことになるのだった。

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