第36話もう逃げない



新章19.もう逃げない


そこに突然現れたのは、異常なまでの威圧感だった。恐る恐る振り返ってみると、先ほどまで村があったはずの場所に大きなクレーターができており、村の規模が小さかったこともあり、建物の半数以上が倒壊していた。


クレーターの中心。つまり、このクレーターを使った張本人が、煙の中からその姿を現す。

瞬間。俺の思考は恐怖で染まった。


混沌龍トヘトヘ。昔、里にあった本で読んだことがある。確か大昔に、北王の初代英雄王に封印されたとかいう伝説の龍だ。


体の全てが黒いというよりもドス黒く、黒光りする鱗はもはや美しさすら感じる。そして、爬虫類のような顔面には紅い相貌が、まるでこの世の全てを獲物としか思っていないかのように、狂気的に輝いていた。


「なん…だよ…あれ!!」


そして、口が突然裂けるように開き魔力が口に集まっていき…。


「全員よけろぉぉぉお!!!」


突如として放たれた光は、村のだけでなく直線上にあった森すらも焼き払い、どこまで被害が出たのかも分からないほどの距離までのあらゆるものを消しとばしていた。


「おいおいおい!やってくれたなぁ!…真宗。大丈夫か?」


「――ッ」


怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い


「おい!しっかりしろ!」


怖い怖い…。


「いでぇっ!」


「しっかりしろ!飲まれてんじゃねえ!死にたいのか!!」


あぶっねぇ。恐怖に飲まれてた。シルヴァがビンタして目を覚ましてくれなきゃ、あのまま立ち直れなくなってたかも…


「シルヴァ。悪い助かった!」


「いいってことよ。」


シルヴァに謝ったところで、イナルナを抱えたままなのを思い出した。2人とも平気そうだったので、とりあえず地面に降ろす。


「さて、どうしたもんかな。とりあえず、イナルナは村人の安否確認と避難誘導を頼む。」


「わかったわ!」


「……わかった。」


そして、2人は間髪いれずに村の奥へと消えていく。そしてリズは…


「あっ!待てリズ!!」


「へっ!るせえ。俺に指図すんじゃねえ!!」


そう言い残して、リズはトヘトヘに向かってまっすぐに走り出す。俺は?俺はどうすれば…


「そうだ。助け、助けを呼びに行かないと。大丈夫。逃げるわけじゃない。うん。助けを呼びに行くだけだ…見捨てるわけじゃ…」


「待て。救援要請ならセリカが今行ってくれてる。お前、本当に大丈夫か?様子がおかしいぞ。怖いのは分かるけど…」


「う、うるせえ!お前に分かるかよ!いいよな。お前は強くて!こんな惨めな思いしなくていいもんな!!」


そうだ分かられてたまるか。強くて、恐怖なんかとは縁のないやつなんかに俺の気持ちなんて簡単に理解されてたまるものか。


「いいよな!お前は強いし、逃げたいとか思ったことなんてないんだろうな!!」


「落ち着け。急にどうしたんだよ。」


「俺は!!いま…逃げようとしたんだよ…。みんなを置いて、1人だけ助かろうとしたんだ…。俺は…俺は最低だ!!みんなが必死になって戦おうとしてんのに、1人で逃げ出そうとしたんだ!


……そうだよな。勘違いしてた。俺は何も特別なんかじゃない。今まではたまたま上手くいってただけ。いざ自分が危なくなれば、仲間をほったらかしにして1人で逃げようとするような、ちっぽけなクズ野郎なんだ。」


「けど、お前は逃げてないじゃねえか。」


突然の独白に、シルヴァが意外な答えを返してきた。正直、失望されると思ってたのに…


「本当に逃げようと思ったなら、俺の静止なんか聞かずそのまま逃げればよかったのに、お前はそうしなかったじゃねえか。


怖いことから。嫌なことから逃げたいと思うことの何が悪いんだよ。そんなの当たり前だろ?けど、逃げなかったってことは分かってるんだろ?絶対に後悔するって。」


そして、シルヴァは柔らかく微笑んで続ける。


「分かってて踏みとどまれたんなら、次は間違えなきゃいいだけだろ?それに…」


「それに?」


「俺は好きだぜ?優しくて、お前は気づいてないけど、本当は強くて…あと、ヘタレでビビりで泣き虫なお前が。」


「後半全部悪口だし、悪口の割合のが多いんですけど?」


「後は、お前が決めろ。このまま逃げちまうか、それともここで俺たちと一緒に一矢報いるか。」


そんなの、もう決まった。それに、あんなこと言われたらここで引くわけにはいかないだろ。


「悪いな。シルヴァ。」


「…そっか。いやいいんだ。無理強いはしない。」


「カッコ悪いとかばっか見せちまって。」


それを聞いたシルヴァが、パァッと顔を輝かせ笑いかけてくる。


正直、まだ全然怖い。手足の震えなんか止まる気配がなくて、膝への負担がどうなってるのか心配なくらいだ。

けど、覚悟は決まった。


「もう逃げねえ。」


きっと、この瞬間が始まりだった。


……………………………………………………

To be continued






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