第9話ディア=ヴァル=ヴェスト(前編)

序章8.ディア=ヴァル=ヴェスト(前編)


「ここが風霊峰か」


 とんでもない高さと威厳に満ちた山を前に俺は思わずそう呟いていた。


 風霊峰。風の古竜が住むと言われ、未だ誰も登頂したことがない……というか何もなさ過ぎて誰も登ろうとしない。そんないわく付きの山である。


 なーんて、如何にも恐ろしい感じで説明してみたけど、いざ登って見てしまえば誰も登ろうとしないってだけで、大して険しくもなんともないただの高いだけの山なんだけどね?


 そして、なんの変哲もなく面白みもない登山が終了し、頂上についたものの、ここからが問題だった。


 何やら仰々しい壁に阻まれ、めっちゃ下のほうに鼻くそみたいなサイズの扉? 的なものがついてる。そもそも、こんな何にもない山、誰も来ないから壁なんて要らねぇだろ。


 近づいて見てみるとまぁでかい。とにかくクソでかい。さっきから、語彙力どっかに置き忘れたみたいな雑な感想になってるけど、しょーがないじゃん。

 

 ほんとに何もないんだもん。「でかい」とか「高い」とかくらいしか言うことないくらい、なんの変哲もないんだよ。


 そんな、誰に向けて言ってるかもわかんないようなことを思いながら扉を開け、そこに広がっている光景に俺は完全に言葉を失った。


 簡潔に言おう、俺が扉を開けたその先では――ゆうに10メートルはあるであろう、巨大なドラゴンが寝っ転がってポテチ食いながらマンガを読んでいた。


 何言ってんだこいつ。って思った人。大丈夫、俺も自分で何言ってんのかわからん。えっと、ここが地獄ですか?


「なっ! ひ、人!? よ、よく来たな! 我こそが『風古竜』ディア=ヴァル=ヴェストなのだ!」


 あっ、気づいた。


「今さらカッコつけても、もうおせーよ。ってか、どうやってマンガ読んでんだよ。サイズ感ぶっ壊れてんのか」


 そう、もう遅い。今更こいつに対してなんの恐怖も警戒心もいだかん。なんだこいつ? 古竜ってみんなこんななのか?


「ちがーう! 違う違う違うちがーう!! まだだ、まだなんとかなるのだ! いっそここでお前を――」

「ならねーよ! てか何勝手に殺そうとしてくれてんだバカ!」


「バカとはなんなのだバカとは! そもそも、お前がノックもしないのが悪いのだろうが!! それに、誰も来なかったのになんで突然くるのだ! 空気よめ!」


 こいつ逆ギレしてきやがった。

 っていうか、近いっての。迫力ありすぎてちょっとビビるからやめて欲しい。


「知らねぇよ。逆に古竜なんだったら、いた人が来てもいいように準備しとけ」


「ていうか、ここに来たってことはお前魔王候補のやつだろ? なんで古竜に対してそんな偉そうな口がきけるのだ!?」


「だからってなんでポテチとマンガなんだよ。おっさんか!!!」


 ……って、魔王候補? なんの話だ? 魔王の席は今全部埋まってるはずだけど、誰か辞めたのか?


「お前。まさか知らないのか? ふっふーん仕方ないな。我が教えてやるのだ」


 こいつ。しれっと話すり替えやがった。まあいいか。どうやってあのサイズのマンガを手に入れたのかはマジで気になるけど。


「まず、魔王の席が3つあることは知ってるだろう?」


「まあ、一面魔王の孫だからな。それくらいは知ってる」


「ん? ってことはお前鬼丸の孫か? おぉ! 大きくなったのだな!!」


 なんだ。じいちゃんの知り合いだったのか。

 口ぶりからして、小さい頃の俺を知ってるのかな? 俺の方は全然覚えてないけど。


「そうそう。そういえば、まだ名前も言ってなかったな。俺は大和真宗。よろしく」


「お、おうよろしくな真宗。というか、なおさらなんで知らないのだ? 鬼丸は『爆炎王』とほぼ同時に引退したのだぞ?」


「は? おいおい冗談も大概に――」


 ここで、1つ思い出した。そう、ふもとの村でもらった新聞だ。


「まさか!」


 そう言って取り出した新聞には一面堂々とこう書いてあった。



 逢魔・引退と。


「う、嘘だろ? なんで?」


「って、わけなのだ。さあ選ぶがいい魔王候補よ。祖父の後を継ぐか。別の道を選ぶか」


 やっと威厳を取り戻したヴェストがそう問う声が、随分遠く感じた。


……………………………………………………

To be continued

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