塔の騎士たち

アサミカナエ

塔の騎士たち

「国を守るが我らの使命!」

「悪を制し正義を貫く!」

「我ら、選ばれし5人衆!」


(せーのっ!)


「「「「国民戦隊ッ! 騎士ナイトマン! アンドッ!?」」」」

「ナ、騎士ウーメンッ!」


 ……。


「はあーーーーー。ざっけんな!!」


 赤の全身タイツはわざとらしいため息をつくと、あたしを親の仇かよってくらい睨みつけて、乱暴にドアを開けて部屋を出て行った。


「えwwww レッドてか、根岸スーン、またっスか! 待ってくださいよぉ!」

「ふぅ。今日も僕の希少な時間が134秒も無駄にされましたね。どうしてくれるんですか?」

「お、おまえがっ、わわわ悪いんだからなっ、僕は関係なヒイィッ!!」


 同僚たちも捨て台詞を吐き、レッドを追って出て行く。

 たとえ追いすがって謝ったって、あいつの癇癪かんしゃくがおさまらないのを知っているあたしは、ひとりその場に残った。


「はあ……」


 ゼリーに沈むような重苦しい空気から解放され、その場にぺたんと座り込む。

 汗でべっとりと肌に張り付いたマスクを一気にはぎ取れば、冷たい風が額をさらさらと撫でてくれた。


「……ないと、うーめーん……?」


 クイッ クイッ


 キメポーズを確認する。

 うーん、どこがダメだったんだろ。わからん……。



 あたしたちはお城と王様の警護のために集められたSP。

 任命されてわずか2カ月、絶賛研修中。

 戦隊モノが好きな王さまが国民の中から選抜したのは以下5名である。


 筋骨隆々、体脂肪率6%のガチムチレッド。

 眉目秀麗、元ナンバーワンホストのイエロー。

 頭脳明晰、生けるマッキントッシュのブルー。

 大兵肥満だいひょうひまん、自宅警備員のペールオレンジ。

 恋活女子、ゆるふわピンクことあたし……いや、普通に短大卒の事務系会社員1年目女子ですが!?


 戦隊の選抜基準が“強さ”よりもキャラ被りを避けた“個性”だったこと。リーダーでありレッドの根岸がバッチバチのミソジニー(女性蔑視)で、戦隊に女がいることが気に食わない性格だったことが、毎回かならず仲間割れする理由だった。


 あたしだって、SPなんてしたくなかった。

 そもそもあんな有無を言わせない勧誘なんてひどすぎる。

 家に迎えにきた兵隊さんに、「王様の言うことは?」とか聞かれたら、そりゃ反射的に「ぜったーい!」って答えちゃうでしょ!


「はあ〜」


 本日、何度目かのため息をついて、抱えた膝に顔をうずめた。

 悲観したって無駄だ。この環境にひたすら耐えるしかない。

 だってこれも仕事だし、お給料もまあまあ出てるし。あと、反逆者には死が訪れるし。

 お城では「王様の言うことは?」「ぜったーい!」なのだから。



+++



 いつもなら30分もすればみんな戻ってくるのに、今日は誰も訓練塔に戻って来なかった。

 不審に思っていると、周りが騒がしいことに気づく。



「■■■■■■■■■■■■■■■!!!!」



 人間の言葉ではない叫び声が耳朶じだに触れる。

 喉が酒焼けしたクジラを50頭集めて無理やり鳴かせているみたいな、かなり不快で不穏な咆哮は、塔の外から聞こえてくるようだ。

 あたしは廊下に出て小窓から顔を出し、はっと口元を押さえた。


 お城の300mほど先に、それ・・がいた。


 お堀の前には兵士が集まり、厳重に警戒している。

 その対象は、あたしがいる5階と同じ高さほどの“黒い影”。

 最初は火事の煙だと思った。

 けれど、有機物を燃やしたときに発生する黒い煙幕が一か所かつ大量に集まったみたいなそれは、不快な声を叫び散らしながら、ゆっくりと確実にお城へ向かっていた。


『なにをしておる国民戦隊! あれこそが“人類の敵”だ! あいつを城に近づけるな!!』


 不意に、小窓のすぐ脇に取り付けられていたスピーカーから、王様のクソデカボイスが城中に響き渡った。

 メンテナンス不足なのかギイギイという雑音が混ざり、予想外にやかましくて思わず耳を塞ぐ。

 いやいや、まずこの事態がなんなの。聞いてないんですけど!?


 今度は城のエントランスで動きがあり、あっと声が出た。

 騎士ナイトマンの面々、下に集合しているんだけど。

 ヤバイ、あたし出遅れた!? てか、声かけないかな、フツー!


「根岸スーン! ピンクチャンがいないっスwwww」

「女なんていなくても俺らだけで十分だろ。違うかーッ!?」


 根岸レッド、マジで自分の感情優先で、チームワークガン無視するよね!


「しかし待ってください! あれは!? 僕のデータにはないぞ!」

「ヒ、フヒヒィ、ば、化け物おおおお!?」


 さすがの同僚たちも、初めての実践そして初めて対峙した敵に怯んでいるようだ。

 すでに“黒い影”は門を突破し、敷地内に侵入。勝利を確信したような雄叫びをひとつ上げ、まるで自分の庭とでもいうように悠々と闊歩していた。


 そんな“黒い影”が敷地内に入ってきてようやくディテールみたいなのが見えてきたんだけど、本体を包む漆黒の煙は竜巻のように規則正しく渦巻いていて、時折、黄色や緑の小さな布切れが見えたり消えたりしている。

 それは門を守っていた兵士の、階級ごとの制服カラーに酷似していた。


 おそるおそる“黒い影”のたもとをのぞき込む。

 逃げ惑う兵士たちが次々と“黒い影”に巻き込まれていき、足もとをすくわれた一人が黒の中に消える瞬間、目が合った。


「——っ!?」


 足の震えが大きくなり、ついに床に膝が付いた。刹那、胃からせり出した気持ち悪さがパンケーキの種のような吐瀉物となって現れた。


 ……ありえねー。

 あたしたちは対人間を想定して、戦闘の訓練をしていた。あんな物理攻撃が効かなさそうな相手と戦うなんて聞いていない!

 足がすくんで、もう一度立ち上がる勇気なんて出てこなかった。

 小窓を背にうずくまったあたしは、涙でベチョベチョな顔も拭わず、膝の間に頭をうずめて、この悪夢が過ぎてくれることだけを一心に祈った。


『国民戦隊たちよ! 今こそロボで戦うのだ!!』


 王様の城内放送に城中から歓声がわいた。

 あたしには殺意がわいた。


「フヒイイイイ!! 支給されてなイイイイ!!」

「根岸スーン! ロケラン的なのでイッチョお願いしまあッスwwww」

「ウルセエエエエエ! 男は特攻!! あれは遠近法?でデカく見えるだけだァァァ!!」

「はは……、リーダーは脳みそまで筋肉だったのですね。僕は離脱させていただく! ママァ〜〜〜ッ!!」

「ピピピ、ピンクだっ! 全部、あいつのせいでフヒフヒフヒフうわあああああ!!?」

「ぬおおお! ペールオレンジーーーーーッ!! 今助けぐわあああっ」



 ざりざり……


   じょりじょり……



 うるさくわめき散らす同僚たちの声がひとつずつオフになり、代わりに“黒い影”の這う音が鮮明に聞こえるようになってきた。

 ゆっくりと確実に。

 恐ろしい“黒い影”は歩を進めている。



 ざりざり……


   じょりじょり……



 怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。

 こんなところで死にたくない!



 ざりざり……


   じょりじょり……



 死の前では誰が偉いとか偉くないとか関係なくて、それは生理現象のように、当然で無感情に、王様もあたしもみんな、あいつに飲み込まれた瞬間、等しく存在が消滅する。

 きっとその瞬間もあとわずか。あれがこの城に到達してしまうまでに、そう時間はかからないだろう。それで――。


 ふと疑問が浮かぶ。

 それを確かめるべく、震える足を押さえて小窓をのぞいてみる。

 てか“黒い影”、ずっと同じスピードで同じ方向にしか進んでなくない?

 脇に逃げていった兵士は無事で、巻き込まれているのは“黒い影”の進行を妨げる兵士だけだ。

 あれの標的は、本当に、この城の破壊なのか?


 しくは。

 城を襲うのが目的・・・・・・・・なんじゃなくて。

 目的なんて初めから無い・・・・・・・・・・・のだったら――?


 理解できないものを枠に押し込み、目的を与えるのはいつだって人間の仕業だ。あの理性を持たないものは、ただ生きている。それだけだったのなら。



 あたしは着ていたものを剥ぎ取るように脱いだ。

 喚き散らされる声や、ギイギイと雑音を混じらせて抵抗しているスピーカーを無視し、吐瀉物まみれのマスクやタイツを、思いっきり小窓から投げ捨てる。

 それは少しだけ宙を漂ったあと、ここへ向かう黒の中に吸い込まれた。

 そのとき、“黒い影”と視線が交わった気がした。


「……さよなら、ピンク」


 つぶやいて、下着姿で石の階段を駆け下りた。

 荒唐無稽なお遊びから自由になるために。


 で、生きるために。

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