第5話 侵食

 卿の出現を知らせる警報が鳴り響いたのは、司祭館に戻った俺たちが早目の夕飯を食べている時であった。

 

『防衛部隊本部より聖堂内の戦闘員に告げる。ヒトナナゴウマル。都市上空に『卿』の出現を確認。等級は『子爵バイカウント』。総員、第一種戦闘配置につけ』


『繰り返す――』


 女性の声で同一の内容の放送が数回繰り返される。

 

『ハーティア、バラフト、モンシュ、ネッセ、レ・イザーム。戦士たちにク・ォ・ザィーナの加護ぞあらん』


 それきり、プツリと音声がとまる。つけ加えられた祈禱文のような言葉はこの世界での祈りの文句だろうか。

 食堂の台所を借りて自ら茹でたうどんを食う俺と、吸血鬼の癖に牛乳を飲み、レバーペーストを塗ったくったバゲットを食していた男は揃って顔を見合わせた。

 ついにその時が来たのだ。 

 吸血鬼が手をはたいてパン屑を落とす。

 俺も箸を置き、傍らのフライパンを手に取った。


「それじゃ、行こうか」


 吸血鬼のその言葉を切っ掛けに、俺は椅子から立ち上がった。

 




 司祭館から中庭を通って大聖堂に戻ると、そこには昨夜と同じようにタクティカルベストを着込んだ人々が集っていた。この人たちが防衛隊員だと今なら分かる。

 

「……! おう、お前さんたちか。ちょっとこっちに来い」


 一団の中から男が片手を挙げて、俺たちを呼ぶ。

 聞き覚えのある声に首をかしげながら近付くと、なんとガンマンのオッサンであった。


「オッサン……あんた、その恰好……!」


 俺は筆舌に尽くしがたい衝撃を受けた。

 西部劇風のウェスタンスタイルを脱ぎ捨て、あろうことか黒と紺を基調とした量産型アーミースタイルに着替えてしまっている。

 

「ん? ああ……まあ、今回は俺たちが目立っちまったら、いけないからな。お前さんに花を持たせるための仮装みたいなもんだ」


 そう言い、ガンマンもとい――防衛隊副隊長バートラム・C・スミスは、コンバットブーツの踵を鳴らして両腕を広げた。ラテン系のハンサムフェイスを惜しげもなく晒し、茶目っ気たっぷりに肩を竦める。

 

「どうよ、似合ってるか?」

「似合ってんよ!! 悔しいくらい似合ってんけど……!!」


 俺はぐううと呻いた。勿論、アーミースタイルが嫌いなわけではない。なんなら海外の特殊部隊とかネットで写真を漁ってしまうくらい大好きだ。

 でも、それと西部劇への憧れは別問題なわけで!! 

 俺が二者択一に苦悩していると、


「君、バートをあまり褒めないでやってくれ」


 フェイスガードを付け、更にヘルメットを被った不審な男が話しかけてくる。

 

「見て分かる通り、すぐ調子に乗ってしまう男だから」

「うっせーよ。イングラム」

「え」

 

 オッサンが呼んだ名前に、俺は思わず二度見した。これ、あのキラキラなイケメンか! 頭部のほとんどが隠されてるから、分からなかった。

 

「お前こそ、ちゃんとそのツラと髪の毛隠しとけよ? お前はお偉方に人気があるんだ。一瞬でもポロリしたら、その瞬間に中継映像全部お前専用に成り果てるからな」


 ずびしっとグローブに包まれた指先を突き付けられ、イングラムが苦笑する。

 

「まったく……僕の顔がどうのって、君は昔から大袈裟なんだから……。第一、ヘルメットが外れたとしても、この盾さえあれば何も見えないと思うよ」


 そう言い、左手で掲げるのは大型の防弾シールドだ。海外ドラマなどで特殊部隊や警察が、その陰に身を隠しながら銃撃戦をするアレ。

 俺はぎょっとして、イングラムから距離を置いた。


「お、重くないんすか?」

「このくらいまでならね。これ以上の重さだと、流石に両手が塞がってしまうから……携行タイプとしては今が限界かな」

「へ~……」


 俺は少しだけ、この聖騎士に向ける目を変えた。

 何せこの防弾シールド、物によっては10~20キログラムの重量があると聞く。そんな物を片手で軽々と持ち上げるなんて、このイケメン、細身に見えるのにどんな手首してんだ。ゴリラかもしれない。

 俺が引き気味に感心していると、「アオイ」と涼やかな声が俺の名を呼ぶ。フェイスガードとヘルメットの隙間から覗く碧い瞳が、じっとこちらを見ていた。


「言葉にするのが遅くなってしまったけれど……僕らと、この街を守ってくれたことに心よりの感謝を」


 イングラムは真摯な言葉と共に、胸に手を当てて腰を折り、目を伏せた。

 気が付けば、周囲の人たちまでもが同様の仕草をして「本当に助かったよ」「あのステータスで案外やるな」「お陰で嫁に会えたよ」「弾はあんまし撃てなかったけどね」等と、口々に思い思いの言葉を掛けてくる。


「いや! その、あれは棚ぼたと言いますか……! 自分じゃ何がなんだか分からなかったから、感謝されてもどんな顔していいか、困るっつうか……」


 俺はあたふたとフライパンを握ってない方の手を顔の前で振った。正直やめて欲しい。俺は注目されることに慣れていないのだ。

 俺の反応を見たイングラムが眩しそうに目を細める。おそらく微笑んだのだろう。やめろ、イケメンが笑うとバタフライエフェクトで南半球が豊作になる。って、良いことじゃねーか!

 

「なら、これから共に戦う仲間として、友情と敬意を籠めて――」


 てんぱる俺の心を他所に、グローブに包まれた戦う手が、平和ボケした俺の柔らかな手を取る。まさか……と思ったが、その行き先は彼の唇ではなく、額であった。

 ――良かった。あやうく王侯貴族の御令嬢になってしまうところだった。

 

「君が召喚された時、僕らは正直なところ自分たちの命を諦めていた。ヴィルヘルミーナ市長と非戦闘員の退避が完了したら、都市を巻き込んでの自爆技を仕掛けようとしていたんだ」

「ええ!?」


 俺はまさかの告白に絶句した。


「勿論、君のことは、バートが黒血の御方メラン・ハイマに頼んで逃がす道筋を付けていたとも」

「あ、こいつ! ……ったく、言うなよ」

 

 オッサンはバツが悪そうに頭を掻いた。俺は吸血鬼を見上げた。


「……そうだったん?」

「うん。そういう約束をした。術式を行使した影響で本調子じゃなかったけどね。頼まれなくても、キミのことは逃がす気だったよ」

「まじか」

「マジマジ」


 俺はオッサンと吸血鬼に向かって、「ありがとう」と頭を下げた。大変な状況の中、俺のことまで考えてくれていたことは、ありがたかった。

 「よせやい」俺の言葉にオッサンは頭を掻いていた手を止め、乱暴に宙をかき混ぜた。


「あー……もう時間もないからな、簡潔に作戦を伝える。つっても、もう旦那に聞いてるだろうが……お前さんの力を御上に証明するために、もう一度『卿』を侵食してもらう。以上だ」


 はい、と手を挙げ、俺は訊ねた。


「オッサンたちは?」

「俺たちは援護。卿の取り巻き狩りがお仕事」

「えっ、じゃあこっちには誰も来てくれない感じ? 支援もなしに、こんな戦闘のド素人にボス狩りさせる気?」 


 正気かと俺が問うと、


「俺たちも手助けしたいのは山々なんだがな……」


 オッサンが言い淀む。


「お前さんの能力を確認したいらしい上から、極力手は出すなって指示がきてるんだわ、これが」

「うそぉ……」


 いくら何でもそんな無茶なことってある? こんなに本職のソルジャーがいるのに?

 俺はあまりの事態にさながらムンクの『叫び』のように体をくねらせた。 


「大丈夫だよ、アオイ。本格的に危なくなったら黒血の御方の能力かげで撤退して構わないんだから」

「まっ、旦那の体力がそこまで持てばだけどな」

「ひぇっ」

「バート!」


 自らのフォローを台無しにするオッサンに、イングラムが咎めの声を上げる。更には、


「ボク、フィジカルは貧弱だからなぁ……自信ないかも」


 吸血鬼ものっかる。俺は『死』の一字を覚悟した。イングラムが疲れた様子で溜息を吐いた。


「黒血の御方まで……二人とも、無駄にアオイが不安になるようなことを言ったりしたら駄目じゃないか」

「ゴメン、ゴメン」


 吸血鬼が無駄に高い背を曲げ、イングラムに頭を下げる。俺はその後頭部に向かい、じぃっと湿っぽく疑念に満ちた視線を送った。気が付いた深緑色の頭が振り返り、頷く。

 

「冗談はともかくとして。昨日は侵食出来たんだから、今日も同じようにやれば恐れることなんて何もないよ。それに相手は子爵級。侯爵級を喰べたキミなら、心配ないさ」


 紅い瞳が細められる。「信じて」と言外に言われているようで、俺は少し安心した。


「わかった」

 

 俺のその言葉を皮切りに、部隊は市街地へと移動を始めることになった。

 






「――って、言ってたのに! 嘘つきじゃんかぁぁああああ!」

 

 叫び、勢いよく両膝を曲げて、しゃがみ込む。頭の上すれすれを、俺の首を切り損ねた敵の武器が通り過ぎる。ぶぉん、という空気を撫でる音に首筋に嫌な汗が浮く。

 俺の腹に吸血鬼の影が巻き付き、距離をとるために背後に飛ぶ。


 距離を取ったことで視野が広がる。俺たちの前には、巨大な黒馬に騎乗した首のない騎士がいた。その片手には馬上槍が構えられ、俺たちに向けられている。


「こいつがあの隕石よりも弱いとか嘘でしょ! ばりばり命刈り取りに来る武器持ってますけど!? 何であんな武器持ってんの、侵食に来てるんじゃなくて殺しに来てるの!?」


 通常の馬上槍は刃のない円錐形の槍であるが、この相手が持つのは、その先端部分から柄の途中までに沿って縦に細い刃が付いた、非常に殺傷力の上がったとんでもなく凶悪な武器だ。

 もしあんな物で突かれたならば、一撃で肉がズタズタになってしまう。


「大丈夫。見た目は厳ついけど、あれで刺されても死なないから! 侵食されて、あちらに連れては行かれるけど!」

「まじ!? なら痛くない!?」

「ううん。めっちゃ痛いと思う」

「ヤダー!!!」 


 いつの間にか黒いマントを着た吸血鬼が、俺を脇に抱えて着地する。


「侵食し返せるキミにとっては痛いだけだから、心配ないよ。昨日の侯爵級は対都市、対国家。今日の子爵級は対個人。侵食の範囲も速度も段違いで遅い」


 何も安心できないことを言い、吸血鬼は影で斬撃をガードする。影の向こうで火花の散る音を聞きながら、「バート! 相手は『首なし卿デュラハン』だ」と耳に付けたインカムを押さえ、告げる。

 俺の耳にも入ってるワイヤレスイヤホンのようなソレは、大聖堂から出発する際にイングラムから手渡された品で、互いの声を登録さえしておけば、マイクがなくとも、充電がなくとも、どれだけ離れていても、グループ内の相手と会話が可能という便利品だ。科学技術と法力の結晶らしい。凄い。

 

『何? やっこさんの侵食はつい半月前に撃退したばかりだぞ! いくら何でも魔力のリチャージが速過ぎだ。普通なら、こっちに乗り込んでくる前に内部から自壊してパアだろ!』


 耳の中で、オッサンの焦ったような声が響く。銃撃音も一緒に聞こえるあたり、昨日のようなモンスターと戦っているのかもしれない。


「でも的確に狙いをボクらに――いや、少年に定めてる。この子の中に居る侯爵級の魔力に反応してるんだ。侵食の最中に、これだけ冷静に精神を保って居られる子爵級は、彼くらいじゃないかな!」

『どーりで、湧いて出てくる雑魚が、秩序だってますこと!』


 バァン、と一際大きな発砲音がして、インカムの向こうは静かになった。


「バート?」

 

 吸血鬼が眉を顰める。俺の心臓がぎしりと嫌な音を立てた時、ザザ、とノイズ音が走り、


『大師父、そこから動かないで下さい』


 エルナトの声がした。次の瞬間、盾のように展開されていた影が俺を包む。何だ、と声を上げる間もなく、凄まじい衝撃音と破砕音、そして振動が俺に降り注いだ。

 キィ――――――――ン、と長い耳鳴りがして、俺は一切の音を喪った。

 影が解ける。

 現れた光景に、俺は目を剥いた。

 瓦礫、瓦礫、瓦礫の山だ。

 先程まで、大通りに面した太い路地を俺たちは逃げていた。ちょうど、目の前には三階建てのアパートが建っていた筈だ。

 今は、辺りには瓦礫だけが散乱していた。アパートは影も形もない。 

 

 思わず、脚が震えた。

 

 目の前の光景が信じられず、俺は助けを求めるように周囲を見渡した。

 そこに吸血鬼の姿はなかった。

 俺は、咄嗟にあいつの名を呼ぼうとして――


 ――呼べる名がないことに気が付いた。


 吸血鬼。

 旦那。

 黒血の御方。

 大師父。

 教授。


 後は――後は何だ?

 

 俺はパニックになりかけていた。インカムで呼び掛けようにも、俺の聴力はまだ完全には回復していない。

 くらくらと揺れる視界と酷い耳鳴りの中、瓦礫の中から立ち上がる影があった。

 黒い影。

 ――あいつか!?

 一瞬、喜びに緩み掛けた俺の顔は、現れた影の正体が分かるなり、失意に沈んだ。


 そこに立っていたのは、首のない騎士。『首なし卿』だった。 

 先程の衝撃の際に馬と左側の上半身をごっそり喪ったらしく、満身創痍といった体だが、右腕で槍を拾い、瓦礫の山を駆け下りてくる。

 

 逃げなくては。

  

 俺は路地の奥へと駆け出した。

 インカムが、ザザ、と鳴った。誰かが指示をくれたのかもしれない。が、声はノイズのようにしか聞こえなかった。

 無音に近いノイズの音の中――俺は首なし騎士に追われながら、茜色の見知らぬ街の路地を駆けた。早く、早く、早く。焦燥感が急き立てる。――まるで昨日の焼き直しだ。

 十字路を右に曲がる。脚が縺れ掛けたが、構ってる暇はない。一秒でも早く、一歩でも前に進まないと、槍先が俺を貫くだろう。

 

 ――今は何時頃だ?


 進行方向が行き止まりだったので、左の小路に入る。背中に感じる圧は変わらない。馬に乗った状態ならば足止めできたろうが――甲冑を着ているのに、随分と身軽な騎士だ。

 

 ――もう、18時半は回っただろうか。まだ明るいのは、夏だからか。


 息が切れる。喉が痛い。長距離を走った時のように、血の味が口内に広がった。

 もう、脚はガクガクだった。

 ガシャン、ガシャン、と硬質な音が響く。相手の足音だ。ならば、ぜえ、ぜえ、と五月蠅いのは俺の息か。聴力が戻ってきた。だから何だ。

 小路の壁が途切れる。開けた場所に出た。――大通りだ。

 

『アオイ!! しゃがんで!!!』 


 誰かの悲鳴のような声がした。

 反射的に膝から力を抜いた。重力に従い、体が地面に沈む。膝が石畳にぶつかり、走っていたままの勢いで、顔面から地面に倒れ込む。

 横凪ぎに、頭上を凄まじい勢いで巨大な何かが通り過ぎだ。

 ――馬上槍だ。

 小路の壁と壁に衝突したのだろう。

 石壁が崩れる音が後方から響き、俺は慌てて腕の力で横方向に体を跳ばした。

 間髪入れず、再びの破壊音。今度は突きの一撃が地面を壊したのだ。

 

 ――駄目だ。相手の攻撃の方が早すぎる。

 

 次に体が地面に着いた時。それが俺の最後となるだろう。吸血鬼は死なないと言っていたが、生きながら体を串刺しにされるのは、どれ程の痛みなのだろうか。

 俺は死に匹敵する痛みを覚悟した。


 死にたくない。

 とは思わなかった。ただ、


(ここで死ねば、月子さんにまた逢えるのだろうか)


 記憶のなかの灰色の淑女グレイ・レディの面影と共に、そんなことが頭を過った。

 倒れ込むように肩が地面に触れる。視線の先、槍の切っ先が見えた。

 


 ――『   』くん。


 

 優しいあの声が耳の奥で響いたその瞬間、俺と騎士の間を遮るように、黒いマントが翻った。

 瞬時に裾から束となって解けたそれは、まるで意思を持っているかのように自在な軌道でしなり、俺を狙っていた追撃を防ぐ。

 

「無事かい!? 少年!」


 そう言い、振り返った吸血鬼の鼻筋を汗が一筋流れていく。

 いったい何があったのか、造り物のように白く美しかった頬は黒く汚れ、深緑色の髪には花びらや草、素焼きの欠片がくっ付いている。その中においてなお、最上の美しさを誇っている紅玉の瞳が、俺を視界に捉えて細められた。


「良かった、間に合ったね」


 吸血鬼が安堵したように肩から力を抜く。からん、と素焼きの破片が地面に落ちた。

 俺はよろけながら体を起こした。心臓が爆発しそうなくらい鼓動を打っていた。


「イエーイ、来ちゃった」


 吸血鬼はお道化た様子で、ピース、ピース、と指でハサミの形を作る。

 それは奇しくもあの日の彼女と同じ言葉、同じ仕草だった。その顔に、懐かしくも力強いあの笑顔が重なって、俺は。

 俺は――……。

 

「げほッ……あ――……あんた、どこに行ってた……?」


 全力疾走の弊害か、喉から出た声は酷く嗄れていた。

 

「それがさぁ、大振りの一撃が入りそうなのを、エルナトが助けてくれたんだけどさ。彼の対物ライフルの威力が高すぎて、ボクまで吹き飛んじゃったんだよね! 念のため、キミを影で防御してて良かったよ」


 俺は震え上がった。つまりそれは、フレンドリーファイヤ的なあれで、下手したら俺も死に掛けていたのか。

 吸血鬼は影で首なし騎士の反撃を受け流しながら、頭や頬の汚れを拭った。

 

「お陰で、昼頃行った花屋まで飛んじゃって、鉢植え壊しちゃった……」

「ああ……それで、汚れてんの……げほッ」 

  

 喉はまだ痛い。吸血鬼がインカムに向かって、「あ、バート?」「無事無事。もう少しってところかな」「うん、うん、――うん? エルナトが凹んでる? あっはっは!」と数回遣り取りをする。

 俺は脚に力を入れて、立ち上がった。震えているが、腰が抜けたわけではないらしい。まだ後数分なら、走ることも出来そうだった。 


「じゃ、残りも侵食しちゃおうか」


 話を終えた吸血鬼が、スーパー行こうかくらいの気軽さで言う。俺は意味が分からず、そのまんま訊ね返した。


「残り?」

「あ、もしかして気が付いてない? キミ、さっきのドサクサで吹っ飛んできた『首なし公』の愛馬と体の半分を侵食してるんだよ」

「え……えええええ!?」

「あっはっはっはっ!! まさか、あんな馬鹿みたいな展開で侵食しちゃうなんて、枢機卿たちは格好付かないってカンカンだろうなぁ! ザマーミロ爺共!!」


 吸血鬼は中継されているというにも関わらず、人目も憚らず、私怨から来る哄笑を響き渡らせた。

 俺は自らの体中をぺたぺたと触った。この中に、あの馬と首なし騎士の一部が入っているとは信じられない思いであった。

 俺の体、大丈夫なんだろうか。お腹壊したりとかしない?

 

「しっかし……中々、シブといなぁ……エルナト、もう一発入れられそうかい?」


 影で捕えようとしても近付いた傍から槍で払いのけられる現状に、しびれを切らした吸血鬼が恐ろしい要請をインカム越しに行う。

 

『その……大師父、申し訳ございませんが、ご容赦下さい』


 エルナトが凄まじく気落ちした声で断った。吸血鬼は「えー」と不満そうな声を出す。


「駄目? 射線は通ってるよ?」

『いえ、流石に……御山からの苦情と中央中庸教会からの悲鳴がですね……』

「ネッセ派の長老たちは?」 

『ええ、それが――宜しい、挨拶してやれ撃て――と』

素晴らしいブラボー!」


 戦場だというのに、クラシックのコンサートホールかと思う程の拍手が夕暮れの街に反響する。

 こいつ、やっぱり頭がおかしい。

 俺はげっそりと肩を落とし、再び来るであろう対物ライフルの狙撃に供え、耳を手で覆った。

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