第99話 サイバーパンク掌編を書こう!『けもみみカフェ中心街支店にようこそ』
私が働いているけもみみカフェ
アンバー先輩の犬耳の栗色の毛並みは密に生えており、色も質感も髪とまったく同じだ。耳の触感や毛細血管が薄く透けて見えるのから察するに、サイバネでなく生体拡張技術を使っているのだろう。しかし、髪と毛並みの色と質感を揃えるのは、生体拡張技術では凄まじく難しいはずなのだ。耳の移植手術では避けられない継ぎ目もまったくないし、あの完璧な犬耳を付けるのに、どれほどお金をかけたのか私には想像もつかない。
素晴らしいのは耳だけでなく、
アンバー先輩はけもみみラーとして完璧なだけでなく、人間的にも素晴らしい人だった。どことなく超然としていてクールな感じだが、実は誰に対しても優しくて思いやりがある。私がしたミスのフォローをなんどしてもらったかわからない。もちろん、常連客からもアンバー先輩は人気だ。クールな態度と誠実さの感じる細やかな接客に大ハマりするお客さんも多い。常にチョーカーを付けていて、まさに忠犬と言った感じのキャラづくりにも堂に入っているのが流石である。
申し訳ないことに、今日もアンバー先輩の力を借りることになってしまった。筋肉モリモリマッチョマンのサイバネジャンキー野郎が二人組で入店してきて、席に座るなり騒ぎ出したのだ。私も注意したのだが、聞く耳を持ってくれない。他にいた客も面倒ごとには巻き込まれたくないとばかりに、店から出て行ってしまった。深夜シフトだから、他に頼れるスタッフも居らずアンバー先輩に相談すると、一言「任せてください」とだけ言って二人組の座る席に向かって行った。怖い客にも物怖じしないのも、アンバー先輩の頼りになるところだ。
こっそり物陰から見ていると、アンバー先輩と二人組が話し始めてしばらく経ったところで、二人組は烈火のごとく怒り始めた。俺たちは客だぞ。
ポキンと音がして、ナイフの刃が中ほどから折れた。二人組は目を丸くした。私も目を丸くした。
「当店では武器の携帯は禁止です」
それだけ言って、アンバー先輩は折れた刃先をくるっと180°回して、ナイフを持った男に差し出した。アンバー先輩の表情は微笑みのままだが、犬耳は伏せられていて、ガチギレの怒りを表していた。
男は「……っす」と言って頭を下げ、刃先を受け取った。二人組は飼い主に怒られた犬のような表情になり、ペコペコと頭を繰り返し下げた。力を信奉する磁気嵐兄弟らしく、自分を上回る力を見せつけられて、屈服してしまったようだ。二人は注文したコーヒーを急いで飲み干して会計を済ませ、「ご迷惑おかけしてすみません」と言い残して去っていった。
勤務時間が終わり、私はバックヤードでアンバー先輩に改めて話しかけた。
「あ、あの! 今日もありがとうございました!」
「いいんですよ。ねうねうさん。困ったときはお互い様ですから。また、なにかあったら言ってください」
アンバー先輩はにっこりと微笑んだ。その輝くような笑顔に、私はドギマギしてしまう。
「さっきの、凄かったです。ナイフをつまんで折って……筋力も増強してるんですね」
「……見られてました?」
アンバー先輩は眉を寄せ、犬耳をやや伏せた。困った表情に、私は慌てて言う。
「すみません! 盗み見するつもりはなくて」
「いや、私の方のミスです。角度的に見えないと思ったんですけど……」
むむと唸ったあと、アンバー先輩はぼつりとと呟いた。
「ねうねうさんなら良いかな」
アンバー先輩は自分のチョーカーに手を掛け、外した。チョーカーの下には、酷い爛れの跡があった。私は息を飲んだ。
「実は……私は亜人です。昔は奴隷のような扱いを受けていました」
亜人。遺伝子操作によって生み出された動物的特徴を持つ愛玩用人間。亜人は純粋な人間よりも身体能力は高く、ときにボディーガードなどとしても用いられたと聞く。さっきのことも、アンバー先輩の完璧な犬耳のことも、これで合点がいった。
「そんな私を軽蔑しますか?」
「い、いえ、そんな……むしろ……」
私は胸の高鳴りに任せて言った。
「最高です! アンバー先輩が本物の……ガチけもみみだったなんて……もう、もう、素敵過ぎます! ちょっとそうじゃないかな、とは思っていたんですよ。ああ、もう最高! 一生ついていきます!」
生まれつきのけもみみという憧れの存在が目の前にいることを知って、私は鼻血が出そうだった。それが尊敬するアンバー先輩だったなんて、もう言うことがない。興奮する私の様子にか、アンバー先輩はくすりと笑った。
「なんとなく、ねうねうさんならそう言って貰えると思ってました。私のこの秘密は……いまのところ店長とあなたしか知りません。守ってくれますか?」
「守ります! ネコミミ引きちぎられても言いませんから!」
私ははそう言ってアンバー先輩の手を握った。
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