第46話 ファンタジー掌編を書いてみよう 『勇者一行』
「はあっ!」
女神アイシスに与えられた聖剣を振り下ろすと、目の前に立ちはだかるギガゴーレムは真っ二つになった。
「すごいです。勇者さま!」
「うむ、流石はあのアイシスに祝福された戦士じゃな」
「あのギガゴーレムを一刀両断するとは、やはり君は特別だ」
後ろからぼくのパーティーメンバーが感心した声を上げた。ぼくは聖剣を鞘に戻し、振り返った。
「ご苦労様です。お怪我はありませんか?」
シスター・クガネがぼくの方に近寄ってくる。クガネは心配そうな声を出して、ぼくの身体を触ってくる。クガネは女神アイシスに仕える武装シスターにして、金髪碧眼の見目麗しい美女である。魔王退治を女神アイシスに命じられたぼくの最初のパーティーメンバーだった。
クガネの手がぼくの腰あたりをさすり始めたところで、ぼくはクガネの右腕を掴んで折った。
「ぎぇええええ!」
クガネは情けない声を上げて、後ろに尻もちを付いた。右手がだらんと力を失って、ぼくの財布を地面に落した。ぼくは落ちた財布を拾い、土を払った。まったく、油断も隙もありはしない。どこまで強欲なのか。
このクガネというシスターは、かつて懺悔で手に入れた情報を売りさばいたり、貴族の弱みを握ったりして、大儲けしていた極悪守銭奴である。王都で行われていた闇人身売買にも一枚噛んでいたとか。あまりにも意地汚く、手癖も悪いため、このパーティメンバーの中で、ぼくが感情的にもっとも嫌っている人間だった。
「ふぅ……はぁああ。う、腕の骨が折れてます……」
「みりゃあわかる。どれ、またわしが治してやろう……」
クガネの腕に魔法の杖をかざし、治癒魔法をかけているのは、魔女エムリス。とんがり帽子に黒いローブ、愛らしい童顔に三つ編みにしたぬばたまの黒髪。一見して、伝統的な魔女衣装に身を包んだ少女のように見えるが、中身は三百年を生きている老女だ。
二百年ほど前、エムリスは反魂術の研究中、副産物としてゾンビを生み出した。結果、ゾンビ禍がこのアイシス教国を襲い、当時の人口の三割が失われた。その咎により、エムリスは千二百年の幽閉刑を受けたのだ。
エムリスは、魔王を殺すことと引き換えに千年分の減刑を要求し、このパーティに参加している。いまでも、反魂術の完成を夢見ているらしく、道行く人で人体実験をしようとしたり、倒したドラゴンでゾンビを作ろうとしたりと、ちょっと目を放すと大変なことをしでかすので、注意が必要である。本来、教会から遣わされたクガネはエムリスのお目付け役でもあるはずなのだが、すでに袖の下で懐柔されていて役には立たない。
「いつも思うが……君、すこしやりすぎじゃないか?」
まじめな顔をしてそういうのは、自称魔王の娘のヌーヌヌである。ヌーヌヌは雄牛のような形をした結晶質の角、ドラゴンのような赤い羽根、先っぽが鏃型に尖った尻尾を持っている。これは高位の魔族である竜人の特徴だ。普段から全裸で行動しているが、ウロコが良い感じに局所を隠しているので、本人はそれで恥ずかしくないらしい。
ヌーヌヌは悪人や重罪人と比べて比較的常識があり、全裸で外を歩き回っているのと、ときどき人間をブレスで焼いて食おうとするのを除けば、このパーティの良心と言って良い。なので、ヌーヌヌをパーティメンバーの最後に殺そうと、ぼくは決意していた。
ちなみに、ヌーヌヌは本名のヌーク・ヌルヌル・ヌリフィケイシヨンの略らしい。魔族といえど、相当に奇妙な名前だ。この名づけをした父親を殺したくて、ヌーヌヌはぼくたちに加担している。
「……」
とりあえず、ヌーヌヌの言っていることにはまったく賛同できないので無視する。ぼくは振り返って倒したギガゴーレムを見分した。全長は10メルトンほどだろうか。硬質の石材でできていて、なかなかの硬さだった。これを作った術師はかなりの腕だろう。聞くところの魔王四天王の一人かもしれない……そう思っていると、突然空に黄金の光が迸った。
『勇者……勇者メアリーよ……』
声の方向に目を向けると、空に巨大な女神アイシスの姿が投影されていた。いかにも慈愛の女神ですよと言った風貌だが、このアイシスこそがアイシス教国の腐敗と困窮の根源であり、田舎のパン屋の娘だったぼくに無理やり力を与え、勇者に仕立て上げた張本人である。
ぼくは平穏な日常を奪ったアイシスを憎んでいた。殺したいほど憎んでいた。しかし、ぼくの力はアイシスに与えられたもの。当然、アイシスには遠く及ばない。ぼくは過去三回アイシスに挑んでいるが、三回とも有効打のひとつも与えられずに負けている。かくなる上は、魔王が持つという神殺しの魔剣に縋るしかない。神殺しの魔剣こそ、アイシスが魔王の命を狙う理由なのだ。魔王を倒し、神殺しの魔剣を手に入れることができれば、ぼくは今度こそアイシスを殺すことができるかもしれない……。
『よくギガゴーレムを倒しましたね。ギガゴーレムは四天王のひとりギガゴーレム職人の作品……あなたであれば、この先の砦に潜むギガゴーレム職人を倒すことができるでしょう。頑張りなさい……勇者よ……』
アイシスは言いたいことだけ言って、去っていった。空は元通りの青空に戻った。
「ギガゴーレムを作ることができる優秀な魔族に、ギガゴーレム職人と名付ける……それがあのクソ親父のやり方なんだ……」
ヌーヌヌは手を強く握りしめて言った。魔王のネーミングセンスは壊滅的なようだった。こればかりは流石に同情してしまう。
「そうなんだ。早く魔王を殺さないとね」
「ああ、先を急ごう」
四天王をしばけば、魔王の居場所を聞き出せるかもしれない。ぼくたちは、道の先に見える砦を目指して歩き始めた。
「ちょ、ちょっと待ってください! 勇者さま!? 置いて行かないで! 私、腕の骨が繋がったばかりなんですけど!」
「わしの治癒魔法を信じろ! もう飛んで走ったって大丈夫じゃ!」
エムリスとクガネが後からついてくる。いっそ、一生そこに居てのたれ死んで欲しいな……と思いながら、ぼくは歩みを速めた。
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