第47話 初心に帰ってサイバーパンク掌編を書いてみよう その11 『クローム・デュラハン』
少し変わった依頼だった。依頼は『大人の死体の調達。首から下が全くの無傷であること。新鮮であればあるほど報酬上乗せ』というもので、やたらと死体への注文が多かった。まあ、この街にはICEで脳を焼かれたハッカーの死体なんざいくらでも転がっているので、調達自体は簡単だった。俺は死にたてほやほやのハッカーの死体を調達し、冷却機能付きの霊柩車をレンタルして、指定の場所へ向かった。
廃病院に着いて、搬入口に霊柩車を入れる。車から降りると、後ろから呼びかける声がした。
「やあ、君が調達屋のジンかな?」
声の主は車椅子に乗ったサイボーグの男だった。口から上の部分は銀クロームに輝くフルフェイスヘルメットめいたサイバネに置換してある。
「あんたがchromiumdurahan44?」
「うむ、そうだ、しかし、ハンドルネームを面と向かって呼ばれると気恥ずかしいな……。まあ、いい。品を見せてくれ」
俺は頷き、霊柩車の保冷棺の蓋を開けた。そこには女の死体が入っている。
「女ハッカーの死体だ。死後2時間以内。脳以外無傷なのは確認済み」
「わかった。ありがとう。報酬は今支払った」
男が指先をちょいと振ると、俺の拡張視野の端っこで預金額の数字が増えた。
「よし、確認した。死体はどこに置く?」
「こっちの手術台に置いてくれ」
俺は男の指示通りに、女の脳死体を搬入口の奥に置いてあった手術台に運んだ。
「さて、一秒でも時間が惜しい。さっそく始めるか」
男は車いすから立ち上がって、ぐいと女の顔に自分の顔を近づけた」
「ん? なにを始めるって——」
俺は自分の疑問を最後まで口に出来なかった。男の口から上の部分がぽこんと外れ、蜘蛛のような足が生えて手術台を這い始めたからだ。男の身体が、力を失って床に倒れる。
あまりの出来事に、俺は言葉を失っていた。銀クロームの蜘蛛と化した男の頭部は、女の顔面に張り付いた。蜘蛛の脚が女の顔面を撫でさすった後、深々と先端を突き刺した。なにか硬いものを切る音が響き、女の口から上の部分が手術台の上に転がる。銀の蜘蛛はその欠けた部分に腰を下ろした。
「んっ……ん~。接続完了」
女の死体がむくっと起き上がり、身体の調子を試すように手のひらを開いたり閉じたりしている。俺はしばらく呆気に取られていたが、やがて正気を取り戻した。
「あ、あんた……」
「ああ、すまない。驚かせたようだね。私は
「ネクロサイボーグ? ゴキブリや蝿の類を遠隔操作したり自律運動させる奴は見たことあるが……」
「あれの人間版だ。私はある企業が作ったプロトタイプ……結局時代の仇花で終わった技術だがね」
「それでこうやって死体を変えつつ生きてるってわけか」
「その通り、またこの死体が腐り始めたら頼むよ。数か月は持つはずだがね」
クローム・デュラハンは笑った。俺は心底驚きつつも、定期的な仕事の供給の気配を感じ取り、ビジネススマイルを浮かべた。
「わかった。飛び切り新鮮な死体を調達してやるよ」
奇妙な客だが、上客だ。こいつは離すまい、と俺は心の中で誓った。
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