第39話 めちゃくちゃなファンタジーを書いてみよう 『お菓子の魔女』

 お菓子の魔女は凪の海を渡ってやってきた。その日、海に出ていた漁師たちは、白いローブに白いとんがり帽子、白無垢の衣装に苺のアクセサリをふんだんにあしらった少女が海面が歩いてくるのを見た。お菓子の魔女が一歩、また一歩と海面を踏みしめるごとに、海は青く澄んだゼリーに変わっていく。

 海の異変を漁師たちの次に知ったのは、海堡に詰めた兵士たちだった。兵士たちはどよめいた。先日、王国はお菓子の魔女を暗殺するための刺客を送ったばかりだった。50年間、住処であるお菓子の城から離れることがなかったお菓子の魔女が自ら王国へ出向いてきたのは、きっとその報復に違いない。

 海堡の兵士たちはすぐさま本部に連絡をし、お菓子の魔女へ砲撃を始めた。砲弾は空中で軽い食感の麩菓子に変わり、風に流されてお菓子の魔女にあたることはなかった。何人かの兵士たちが、ゼリーに変わった海を歩いて渡ってお菓子の魔女に攻撃しようとしたが、ずぶずぶと足がゼリーに沈んでしまって、近づくことさえできなかった。

 港に上陸したお菓子の魔女はすぐさま兵士に取り囲まれた。お菓子の魔女は言った。

「この国の王様と話があるのです。王城はどちらでしょうか?」

 兵士たちはお菓子の魔女の問いかけに応えず、攻撃しようとした。しかし、マスケット銃の引き金を引いても、弾が出てこない。マスケット銃はいつの間にか、砂糖菓子に変わっていた。兵士たちは王国では遥か昔に失われた本物の魔法を目の当たりにして震えあがった。ある兵士が、震えた声で答えた。

「お、王城は、この坂をずっと上に登ったところです」

「どうもありがとう」

 柔らかな微笑みを浮かべたお菓子の魔女は、会釈をしてまた歩き出した。

 お菓子の魔女は長い王城への道のりを一歩一歩、歩いていった。途中、兵士たちがなんどもお菓子の魔女を攻撃しようとしたが、武器のすべてがお菓子に変えられてしまって、すべて無意味に終わった。

 やがて、お菓子の魔女は王城へとたどり着いた。王城の門は硬く閉じられていて、白塗りの城壁が高くそびえている。お菓子の魔女は構わずに、まっすぐ歩いた。すると、城壁が粉砂糖となってさらさらと崩れ落ちた。巨大なクッキーになった門がずるりと倒れる。お菓子の魔女は門のクッキーを足掛かりにして、王城へと入っていった。

 お菓子の魔女は、自らを阻む者をすべてお菓子に変えて、王城を上へ上へと登っていく。何度か道に迷いながら、お菓子の魔女は遂に王のいる玉座の間へとたどり着いた。王は青ざめた顔で玉座に座っていた。

「王様、ごきげん麗しゅうございます」

 お菓子の魔女はローブの裾を摘まんで、恭しくカーテシーをする。お菓子の魔女が頭を下げ、とんがり帽子のつばで視線が塞がった瞬間、王様は隠し持っていた短銃でお菓子の魔女を撃った。

 丸い鉛の弾丸は空中でタピオカに変わり、とんがり帽子に当たって、ぽよんと上に跳ねる。お菓子の魔女は、タピオカが落ちてくるところを、口を開けて待ち構え、ぱくりと食べた。

「なぜ、このようなことを?」

 お菓子の魔女は微笑みながら、玉座に近づいていった。

「お前が恐ろしいからだ。その気になれば、こうして一国ですらひねりつぶせるお前が……」

「昔のようには、戻れませんか」

「戻れん」

 王様はお菓子の魔女に飛び掛かって、首を絞めようとした。しかし、王様がお菓子の魔女の首に触れた瞬間、王様はケーキに変わっていた。ケーキになった王様は飛び掛かったままの勢いで、お菓子の魔女にぶつかった。

 バラバラになった王様は床に崩れ落ちた。ばっくり割れた王様の頭の割れ目から、マジパンとバタークリーム、スポンジと苺の織りなす断面が覗いている。その様に、お菓子の魔女は苺のショートケーキが好きだった少年の面影を感じた。

 お菓子の魔女はしばし佇んだ後、踵を返して、王城を去った。 

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