第31話 初心に帰ってサイバーパンク掌編を書いてみよう その4 『射手』

 電磁メタマテリアル製の外套クロークに身を包み、分子間力フックでビルの壁面に引っ付いていると、自分がまるで存在しないような心地になってくる。いまの私は熱光学的にほとんど透明だから、道行く人々は私に気付かない。帰宅途中のサラリーマンも、モヒカンを蛍光グリーンに染めたパンクスも、対レーザーコーティングで銀色に輝くトレンチコートを着てる傭兵も、私には気付かない。

 私の眼下には立体映像広告アド・ホロと電飾看板が彩る太い通りがある。超高層ビルに挟まれたこの切岸には、人が溢れていた。ショーウインドウのライトアップが人々の顔を照らしている。けばけばしいほど光に溢れている通りを、青とピンクのサーチライトを振りまわす広告飛行船が通過して、より一層けばけばしく色付けた。そろそろ時間だ。私は自分の得物を手に取った。

 軍用コンパウンドボウと重合金鏃の付いた矢のセット。これは私の仕事に欠かせないものだった。せっかく光学迷彩で自分を隠蔽していても、マズルフラッシュや銃声で居場所をばらしては意味がない。この弓と矢ならば、熱も光も音も出ない。高度なステルス装備を持つ私にはまさにおあつらえむきの武装だった。

 弓に矢をつがえたちょうどそのとき、標的が店から出てきた。ブレイン・タルボット。ワインレッドの悪趣味なスーツを着た長身の男。学校アカデミーを卒業したばかりの半グレどもを集めて悪さをしているらしいが、まあ、そんなことはどうでもいい。私の興味はブレインが今日死ぬかどうかだけだ。

 私は弓を引き搾った。重サイボーグである私の膂力と、重合金鏃の重さが合わされば、矢の貫通力は対物ライフル弾ほどになる。ブレインの頭に照準を合わせ、矢を放つ。

 ストリングがたわむ音と矢が空気を引き裂く鋭い音だけが響く。私は着弾を待たずに、狙撃場所から退避した。素早く、路地裏へと滑り込む。あらかじめ飛ばしておいた偵察マイクロドローンが、ブレインの死の瞬間を伝えてくる。ブレインは矢で脳幹を貫かれて死んでいた。

 誰にも気づかれないまま仕事を終えた私は、誰にも気づかれないままその場を去った。

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